「なぜ、こんなところに日本人が?」。最近、そんな意外な発見に焦点を当てたテレビ番組が人気だ。鎖国が解かれた後、「新天地」を夢見て、あるいは貧困から抜け出すために海外へ移住した日本人はおびただしい数に上る。ただ、ハワイやブラジル、米国本土のカリフォルニア、テキサス州などへの移住は比較的知られているが、一般に日本社会は「外へ出て行った人」たちに関心が薄かった。歳月の中で忘れ去られた移民は少なくない。
本書は、20世紀初めから米国のフロリダ州に「大和コロニー」という日本人入植地が存在した、知られざる歴史に迫ったルポルタージュ。筆者は毎日新聞を退社後、1980年代半ばにフロリダ州の地方紙で取材生活を送ったが、その後、運転中にたまたま発見した「Yamato Rd」の道路標識を手掛かりに、30年近くかけて日本と米国を往来し、様々な関係者を探し出しつつ、丹念に埋もれていた史実と人物像を掘り起こした。
20世紀初頭、白地図のように未開発地が広がる米国の中で、フロリダ州では大西洋岸にフロリダ州最南端のキーウェストまで延びる鉄道敷設計画が進められ、リゾート開発も始まった。ロックフェラーと共に石油会社を経営した大富豪・実業家ヘンリー・フラグラーによる計画だ。ニューヨーク大学留学中にこれを知った京都府宮津市出身の酒井醸氏が中心になって、おもに南フロリダに郷里の人々らによるコロニーを造る計画を進めたが、入植者の中に、後に広大な土地を地元に寄付し、それが日本庭園となった農民、森上助次氏がいた。ルポは酒井、森上両氏を軸に紡がれる。
大和コロニーは一時約140人が暮らし、野菜や果物の販売で活況を呈した時期もあったが、リゾートバブルで土地を売却するなどし、衰退の一途をたどった。そんな中で、森上氏ら数人が周辺に残り、恐慌で全財産を失いながらも農業を続け、土地を少しずつ買いためた。森上氏が渡米した理由の1つが、故郷での失恋だ。恋する女性への思いから独身を貫き、日本に帰国することはなかったが、89歳の生涯を終える晩年には彼女との文通も実現する。森上氏が地元に寄贈した約24万坪の土地に日本庭園などが整備され、今もコロニーの歴史や日本文化の発信地として地元で愛されている。
貴重なのは、本書自体が米国その他への日本人移民史のわかりやすい解説書の役割を果たしている点だ。一方で、故郷ですらほとんど知られなかった酒井氏や森上氏の生涯を、膨大な証言や記録をベースに息を吹き込み、ヒューマンドラマとして描いている。
安易な取材に流れがちな現代のジャーナリズムに警告を発するような、野心的な書の一つと言えるだろう。
© 2015 Hiroshi Shimazawa