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八島太郎さんの桜島

桜島の油絵を土産に貰い、その額縁を注文に行った店先で八島太郎さんに初めてお目にかかった。東京オリンピックの頃で、それからは中学20期先輩のお宅を訪ねたり、食事だ、一杯だの骨董屋冷やかしまでした嬉しい歳月が続くことになる。

暮れなづむとき
桜島(やま)ひときわやさしく

これは1日に7色変わる桜島、その春夏秋冬を滋養にしてきた八島さんの色紙、桜島の絵に添えられた句である。

二人きりのときの鹿児島語(弁)を交えた茶目ぶりの大サービスは、それこそ桜島ではないが凡庸な後輩にしては、ずいぶんと優しくされていた。政治・文学・芸術と話題は多彩、鹿児島の今昔や風物、それに共通の方々の消息も、お陰でこちらに来てから得た鹿児島知識は多い。卓抜な話術に濃い内容、それにアルコールが連れでは、大先輩の親切と優しさに酔っ払わぬ筈がない。それに、毒舌家で聞こえた人の骨まで刺す一発を浴びなかったのだから、仲人役の桜島その恵みに感謝しよう。

1974年の第1回顧展、その前日、休日だった私は美術研究所に氏を訪ね、釘を打ったり針金を張るなどして終日を共にした。代表作「桜島」との出会いはこの時で、知らずに手にした作品に、これは私の桜島(やま)でない、何処からか?それに厳しいな、目を外せずにいると、

「どうかね、君の感想聞きたいな」

芸術家しかも作者ご本人からのお声、これは鑑賞眼を試されている、そう思った途端不安が突きあげてきた。加えて曖や逡巡を赦さぬ人である。更に慌てふためき「剛(つよ)い桜島です、きついです」漸やく絞りだした声は、吾ながら情けないほどに枯れており、続く筈の「欲しい絵です」は喉につかえたまま。

この刻、八島さんが何と応えてくれたか、紫煙の彼方のお貌がどうであったか覚えがない。泡を喰らっていたからである。

展覧会は盛況で、赤紙が次つぎに張られていった。一巡した私は改めて「桜島」の前に立った。仲間も寄ってくる。「この絵を、いや、これとそっくりのを描いて欲しいと言う人がいる」明るい声が背後てした。画家に向かって勇気のある人がいるものだと感心したが、「一世のご婦人だ『私は桜島の前で死にたいの、この絵を掛けた部屋で』と、言ってくれてね」この辞、ズシリと堪えたが、その夜のロイド眼鏡の奥の柔らかさ、声の弾みを忘れることはない。「有難いことだ」大勢のまえでは滅多に覗かせることのなかった氏の本心、本音とみたし、桜島を愛してやまない人々の共有する歓びが、そこにあった。

訪日から戻り、鹿児島情報を土産に参上すると「桜島はどうだった」氏は決まったようにこれを口にした。鹿児島市制100周年記念展「巨匠が描く櫻島」(1988年)の画集を持参したことがある。ご存知なかったとみえて「ホーッ」と声をだされ、1頁1頁を丹念に見ておられたが、同郷の同世代の海老原喜之助・吉井淳二両画伯の作品が並ぶ頁で、眼鏡を額に押し上げて覗きこまれる形になると,刻はピタリと止まってしまった。

やがて、「違う」ぽつりと一語が漏れたが、迂闊に口がきけぬ緊張が張りつめていて、身じろ動かぬ姿に視線は奪われたまま。

「君は何処からの桜島(やま)が一番?」

北東部の牛根あたりと答えると

「次の機会に是非その地点に立ちたい」

念願の垂水沖からの姿を堪能し

「先生の恋人をしっかり見てきました。綺麗でした」と、報告した折の、太郎少年の笑顔。

子供の頃、落日の真赤な桜島の絵に、桜島が泣いている。そう言って大人に笑われた。

こんな数コマを氏に重ねているうちに、画業の主題に取り組めぬ作家の焦燥と無念さが改めて、身に沁みだしその痛恨の叫びに力不足の吾が拳をタダ、タダ、握りしめるばかりであった。

それにしても鹿児島には人がいないのか?八島さんへの打診がなぜされなかったのか。作品引っ下げて晴れの里帰り、掛け替えのない機会が失われてしまった。これでは、傑作「桜島」と折角の桜島展が泣くというものだ。

対世間では驚くほど不器用な人であったが、画業・絵本・書・詩文と実に多才な人だった。

「自分が生まれ育った地の言葉を卑しむ人がいるが、これは自己否定に繋がるのではないか、どんな立派な文化を持つ国にもよい言葉とそうでないのがある。ようは言葉を大事にする、その心掛けを忘れては、新しい言葉(ここでは英語)など身につく筈がない」

八島語録は豊作であり、格調高い鹿児島語の遣い手でもあった。

 

*本稿は、『南加鹿児島県人会史:創立百周年記念』からの転載です。

 

© 1999 Nanka Kagoshima Kenjinkai / Edward Horikiri

Kagoshima Sakurajima Taro Yahsima