ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2010/11/4/michael-cardenas/

「私の身体には醤油が流れている」LAの人気レストランオーナー、マイケル・カーディナスさん

有名寿司店スシロク、炉端と日本食の店カタナ、ステーキハウスBOA、そして2009年の開店直後にLA Timesに「すぐに、予約なしでは席が取れないほどの人気店になるだろう」と絶賛されたLAZY OX CANTEENのレストランを、ロサンゼルス地区を中心に展開し、経営手腕を振るっているのがマイケル(マイク)・カーディナスさんだ。

流暢に日本語を話すマイクさんは神奈川県横須賀生まれ。アメリカ人の父親は米国海軍の軍人、母は大阪出身の日本人だ。「僕のお母さんの実家は大阪で食い物屋商売をやっていたんですよ」。レストランビジネスは母方のファミリービジネスと言うわけだ。

17歳まで日本で育ったマイクさんだが、自分のもう一つのルーツであるアメリカを見たいと、十代の終わりにカリフォルニアに渡って来た。その後、紅花の鉄板シェフを経て、ロサンゼルスのテル寿司、チャヤで働いた後、「しばらくいろんな国の美味しい物を食べ歩こうと思って」、ジャマイカや香港など世界各地への旅に出た。

「戻って来た時はお金が底をついていました。だから松久のノブさんに“1カ月だけ仕事をください”と頼み込んで雇ってもらったんです。ノブさんには本当によくしてもらって、気づいたら5年の月日が経っていました。私が入った時はビバリーヒルズの松久だけだったのに、ロンドンやニューヨークなどビジネスが飛躍的に伸びたこともあり、私はいろいろな経験をさせてもらいました。まさに松久時代が、私のとっての大きな転機でした」

マイクさんは松久でスピード出世を果たし、ジェネラルマネージャーに昇格した。「1997年、今度は自分の力を試す時期が来たと感じたのです。松久を卒業し、パートナーシップで最初に開いたのが、ラシエネガとサードストリート(ショッピングモールのビバリーセンター内)のスシロクでした」

以後、13年で彼が開く店はことごとく注目を集め、マイクさん自身は「レストランビジネスの寵児」と呼ばれるまでになった。ところが成功者としての自分をどう思っているのか、成功の秘訣は何かを尋ねると、彼は「自分のことを成功者だなんて思ったことはないですよ」と遠慮がちに答えるのだった。

「お店の経営が回って、毎朝を無事に迎えられればそれで幸せなんです。それにこの商売が何より好きですからね」

マイクさんに話を聞いたのは、前述のLAZY OX CANTEENだった。場所は日米文化会館の真正面、リトルトーキョーの中心地だ。日本人のミックスである彼としては、地域の復興のために役立ちたいという思いもあると話す。

「バブルの時期に日本企業がこの地域に進出し、一時は華やかでしたが、今は当時の勢いを失っています。私の店を通じて、コミュニティーを盛り上げていきたいと思っています」

「リトルトーキョーの復興の力添えになれば」と話す、LAZY OX CANTEENでのマイクさん

2010年12月にはLAZY OXに隣接して、新たな店「炙りや とらのこ」を開く予定だ。コンセプトはズバリ、日本の居酒屋。2006年に沖縄県の招聘で当地を訪れたことがきっかけで、マイクさんは沖縄料理や食材の大ファンでもある。新しい店のメニューにはゴーヤチャンプルーやラフテーも並ぶ。

「沖縄には、私の大好きなハワイの雰囲気と通じるものがあります。何と言っても人々のホスピタリティー、温かさ。そして食文化の面で言えば、他には見られないオリジナルな食材が揃っています。沖縄の塩をうちの店でも使っていますが、料理の旨味をよく引き出してくれるという特徴があります。もう他の塩に浮気できません」

さらに彼の店では、オリオンビール、泡盛まで飲むことができる。「泡盛の魅力は他の酒にはない素朴で骨太な味わいです。沖縄のものはどれもオリジナルなんです」

最後にマイクさんの夢を聞いた。「私の店を沖縄の食はもちろん、日本食文化のショーケースとして機能させ、アメリカの人たちにもっと本物の日本料理を知ってもらうこと。まだまだ、日本の本物をアメリカ人は知らないと思いますよ。もちろんそこそこ美味しい日本食は食べられるけど、私は本物をとことん追及してアメリカ人に提供していきたい。そうすることで、この国における日本文化という存在を強くしなければ。だって日本生まれ、日本育ちの私の身体には醤油が流れているんですからね(笑)」

絶やすことのない静かな微笑みと静かな語り口の中にも、彼のビジネスへの情熱、そして自らのルーツである日本への愛情が確かに伝わって来た。自らを「成功者ではない」と言い切る謙虚な姿勢と人々への思いやりが、「また行きたい」と思わせる居心地のいい店を創造して来たのだろう。私自身もまた、別れ際にはマイクさんの店に行きたい、そしてマイクさんにまた会いたいという気持ちに自然となっていることに気づかされた。

© 2010 Keiko Fukuda

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執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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