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https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2008/11/8/american-citizenship/

日本人が市民権を取るとき(後編)

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>> 前編

「私はアメリカ人になったと思ったことはないですよ」

リトル東京のパイオニアセンターで「市民権講座」を指導する山口淑子さんは言う。LA地区で唯一日本語の市民権講座を開いて、これまでたくさんの日 本人を「新一世(新アメリカ市民)」に導いてきた。自身も市民権を取得している山口さんの言葉は、ほとんどの「日系新一世」の心情そのまま。アメリカ国籍 を取っても、心は「日本人」のままなのだ。

市民権を取るメリットとして、山口さんが挙げるのは、
① 選挙に投票できること、参政権があること
② ファミリートラスト(家族の財産管理)の手続きが容易
③ 遺産の相続税がかからない
④ SSI(Supplement Social Security、生活保護)の申請ができる
⑤ 連邦政府機関に就職できる。州や市の職員の場合も昇進が可能に
⑥ 結婚相手、両親、子ども等をアメリカに呼び寄せ(引き取ること)ができる

この他に臓器移植、裁判、奨学金でも市民が優先される可能性もあるという。

私が、市民権を申請した日本人に話を聞いた中で、理由として最も多かったのが②と③である。日本人がアメリカへやって来て、努力して一代で築いた家屋やビジネスなどの財産も、市民でなければ “不利な税制・法律”で子どもたちに残すことになってしまうからだ。

「それで泣いた友人を知っているんです」というのは、滞米18年のBさん。遺産の相続税が市民と外国人で大きく違う。このため多額の相続税が払え ず、住み慣れた家を買い叩かれ、泣く泣く手放した友人のケースを知る彼女は、子どもたちのために市民権申請を決意した。滞在35年のCさんは、長年ビザと 永住権でアメリカに暮らしてきたが、やはり不動産が心配。「私が死んだら、今住んでいる不動産はどうなるの?」。口頭試験には不安を抱きつつ、市民権を申 請した。

「日本にいる母を呼び寄せたい」というのが、滞米25年のDさん。日本に残した高齢の実母のことが心配だ。日本に帰るオプションもあったが、夫や子 どもたち家族のことを考えると現実的でなく、母をアメリカへ呼び一緒に暮らしたいと思うようになった。母を移民させるには、Dさんに市民権が必要となる。 Dさんのように年老いた父や母を日本から呼び寄せるというのも、日本人に多い動機のひとつである。

他にも、アメリカへ再入国する際のわずらわしさをなくしたいという声もあった。永住権の場合は、一年のうち半分以上はアメリカ国内にいるのが原則。いくら永住権があるとは言え、出入国の回数が多いと、なにかと入管でウルサイのがこのごろのアメリカなのである。

もう一つ、気になったのが「ソーシャルセキュリティ」へ不安の声。アメリカの社会福祉制度のことを指すが、この場合は「年金」と考えてもいいだろ う。現在のところ、事実ではないのだが、将来、永住権の人(外国人)には支給額が減らされるという噂を口にする人が複数いた。外国人も強制的に払わされた ソーシャルセキュリティを、足りなくなったので市民以外には支払わないという道理が通用するとは思えないが、日米で取り立たされた年金騒動、昨今の金融不 安も含め、アメリカ人と同じ権利を得ておきたいと思うのは、当然だろう。

アメリカの市民権を取ることは比較的簡単で、試験の合格率も高いことは前編で述べた。アメリカ政府は「愛国者を増やす」という目的のもと、市民を増 やすことに積極的なようである。この市民権取得のプロセスを経ていくうちに、アメリカ市民としての自覚や愛国心が沸いてくるというのは事実らしい。前出の Dさんは「これまで自分がアメリカ人とあるとは考えたこともなかったが、(試験)勉強を始めて、アメリカという国に愛着が沸いてきた」という。Bさんも 「大統領選挙についても以前は無関心でしたが、今は討論会も聞いてしまいます。具体的に政治と自分の生活が密着してきました」と“アメリカ市民”としての 意識の高まりを挙げる。

しかし、こうしてアメリカ市民としての生活権利を獲得し、意識も変化した後の「日系新一世」も、将来までは決めかねている人も多い。「家族はみなア メリカ人だから」「お墓もアメリカに買った」と永住を決めた人もいれば、「医療費の高いアメリカで老後を過ごすよりも、日本で暮らしたい」と高すぎるアメ リカの医療費を不安材料に挙げる人、「今でも、市民権は要らない気がする」と日本のパスポート?に未練を残す人もいる。アメリカ市民権を取ることは、日本 人としてアメリカに向けて最後の一歩を踏み出したようなものだが、その思いは全く違う。

私自身、数年後には市民権申請の資格を得るが、どうするかは全く考えていない。二重国籍を認めていない日本で生まれた私たち、なぜ日本人の親から生 まれたのに日本国籍を失ってしまうのか? では、国籍を失うと日本人でなくなるのか? 90%以上が合格する市民権の口答試験より、ずっとずっと難しい質問である。

© 2008 Yumiko Hashimoto

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執筆者について

兵庫県神戸市生まれ、97年よりロサンゼルス在住。日系コミュニティ紙に編集者としての勤務していたが、近年はフリーランスライターとしてローカル情報を 中心に記事を執筆。日本にいたころは、第二次世界大戦時の強制収容所はおろか、“日系人”という言葉さえ、耳にすることもなかった。「日系人の存在を少し でも身近に考えてもらえれば」。その思いで「ディスカバー・ニッケイ」のサイトに寄稿している。

(2008年10月 更新)

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