ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2007/12/1/copani-knt/

代表者会議基調講演「イノベーションの時代:ニッケイを知のパイプラインに」 (2)

>> その1

2.グローバル化の中で多様化進む日系社会

さてこの日系コミュニティですが、最近、日本で、海外日系社会を新しい観点から見直してみようという機運が出てきているように感じられます。かつて は、「日系」イコール「移住」と結びつけて見ていましたし、90年代以降は、日本に就労のために来られた在日日系人のイメージで見てきたように思われま す。

今年になって、私のところに海外日系社会を論じた2冊の本が送られてきました。一冊は『地球時代の南北アメリカと日本』と題するもので、もう一冊は 『南北アメリカの日系社会』です。これに先立ち、昨年は『日系人とグローバリゼーション』が、さらに2002年には『アメリカ大陸日系人百科事典』が出版 されています。最後の2冊は、アメリカの日系研究者を中心とした研究業績であるEncyclopedia of Japanese Descendents in the Americas およびNew Worlds, New Lives: Globalization and People of Japanese Descent in the Americas and from Latin America in Japan の翻訳です。

これらを読んでまず痛感させられるのは、海外日系人といっても想像以上に多様だ、ということです。New Worlds, New Lives の 筆者のお一人、Harumi Befuさんによると、「日系人」は渡航した時代や行き先などによって少なくとも8つのカテゴリーに分けられると言います。私たちが通常、頭に描く戦前・ 戦後の移住者およびその子孫だけでなく、国際結婚や退職後そのまま現地に残った日系企業の駐在員やその家族なども含めての話です。

四世、五世、六世といった世代の縦の「時間軸」だけでなく、さまざまな理由で海外に移り住み、かつその日本人から生まれた子供たちのこと、すなわち 横の広がりとしての「面」までを視野に入れれば、海外日系人社会は、日本の外務省が推計する約260万人よりもかなり大きな数になると言っても間違いない でしょう。しかも、「面」として広がりつづけ、「質」の点でも変容し続けているのではないでしょうか。日本人が海外日系社会を、「移住」や「在日就労者」 ――この二つの要素は極めて重要な構成要素ですが――この二つの観点からのみ見続けているとしたら、日系人の存在を取り違えてしまう恐れがあると感じざる をえません。

あるいはこの会場におられるかもしれませんが、New Worlds, New Lives の3人の編者はこう言っています。

    「日系人というアイデンティティは孤立して存在するのではない。すべての日系人は重層的なアイデンティティを持っている。またこれらのアイデン ティティは流動的であり、時として、…(略)…全国的あるいは国際的状況において再調整の状態におかれる。…(略)…『日系人』の概念は必然的に柔軟性と ゆるやかな境界線で特徴づけられる」。

さらに、1980年代、90年代からは、日系人のなかに「ハイブリッドなアイデンティティ」が観察され、それがグローバル化によって勢いづけられていることを指摘しています。

21世紀というグローバル化の時代において、海外日系人の、日系人としてのアイデンティティが強まっているのか、それとも希薄化していくのか。New Worlds, New Lives 出 版のベースとなったInternational Nikkei Research Projectに参加した南北アメリカ7カ国18人の研究者によるケーススタディの結論は、ほぼ半々であったと言います。すなわち「研究者のおよそ半数が 結合を主張し、残りの半数が明らかな形成阻害、あるいは形成阻害を示唆する状況を強調している」ということです。

今日の海外日系人社会は、おそらくこの両面を持ち合わせていると言うのが、当を得ているのではないでしょうか。New Worlds, New Lives の編者たちは、日系人アイデンティティの再生産を促す要因として、「世代間の結びつき」と「コミュニティの形成」の重要性を挙げています。先ほど要約しました昨年の第47回大会の決議も、この線に沿っていると言えます。

私は、日系人アイデンティティを促す要因として、「世代間の結びつき」と「コミュニティの形成」の2点に加えて、さらにもう1点、本講演のタイトルにしました日本との、および日系社会間の「知のパイプライン」を指摘しておきたいと思います。

3.日本の「イノベーション戦略」と日系人の存在

皆さんご承知のように、日本では昨年9月、安倍政権が発足しました。グローバル時代に合わなくなった古い構造と旧弊をぶち壊す、と勇ましい目標を掲げて実行に移した小泉前首相に対し、安倍政権の課題は21世紀の日本に必要な新しい制度づくりにあります。

そのひとつが2025年をターゲットとした「イノベーション戦略25」です。

日系人の方にはあえて解説する必要はないかもしれませんが、イノベーションはラテン語のinnovare、すなわちin内部をnovare変化させ るということで、日本語では革新とか新機軸、新結合などと訳されています。オーストリア生まれのアメリカの経済学者ヨゼフ・シュンペーター(Joseph A. Schumpeter)が、前世紀の初めに新しい経済局面を創り出す企業家の行動様式を説明するのに用いた用語として有名です。

日本では、人口の減少および高齢化が急速に進展しています。その一方、世界的にみれば知識社会・ネットワーク社会およびグローバル化が爆発的な勢い で進み、しかも地球規模でみれば、人口増加、温暖化・気候変動、環境劣化、南北格差拡大などの問題が山積しています。こうした袋小路のような状況を打開す る方策のひとつが、「イノベーション」にあるというのが安倍政権の考え方です。

安倍首相は次ぎのように発言しています。

    「私の言う『イノベーション』とは、単に技術革新だけではなく、新しいアイデアや仕組み、ビジネスプランを含め、広く社会のシステムや国民生活などにおいて、今までとは違う取組みにより、画期的・革新的な成果を上げること」であると。

内閣発足のひと月後には、「イノベーション戦略会議」を発足させる力の入れようです。

戦略会議座長の黒川清・政策研究大学院大学教授は、今年2月に発表した『「イノベーション25」中間とりまとめ』の中で、グローバル化のもとでの日本社会の問題点を次ぎのように指摘しています。

    「日本の伝統的な『タテの精神構造、社会構造』は、それが強固に過ぎれば国境を超えた『フラットな人間関係』をもたらすグローバル時代の価値観と は相容れず、むしろ不利に作用する可能性が高いであろう。従来のタテ社会の年功序列、『ヨコの流動性の低い』社会構造や企業構造では、失敗を恐れ隠す文化 になりがちで、切磋琢磨する開かれた研究環境や、思い切った企業活動の決断と責任が明確でなく、競争力を弱める要因となる。つまり、『タテ社会』は創造的 破壊であるイノベーションの可能性を減らす」。

会場におられる皆さんは、このような指摘は、あるいはこれまで自分たちが日本に対して持ってきた思いであるとおっしゃるのではないかと思われます。

黒川教授は、イノベーションを起こす条件として「国境、国籍を問わない多様な組み合わせに対応できるか、そのような多様な人脈や取引先があるのか」 どうかにかかっていると言い、「多様な人材、才能、異能と日常的に接する機会が増えることは、日本の若者の考え方や目標を広い世界に向け、多様な文化や才 能を認め、グローバル時代にふさわしい多くの才能を開花させる可能性を増やす。一人ひとりの世界での人脈を形成する。こうしたイノベーティブな人がさらに 増えていくことが確実に日本の大きな財産、力の源になるであろう」と強調されています。

こうした行動様式は、まさしく日系人の方々が日常的に経験されてきたことではないでしょうか。

戦略会議では、イノベーション推進の基本戦略として、「科学技術イノベーション」「社会イノベーション」「人材イノベーション」の一体的推進を挙げています。

時間の制約がありますから、「人材イノベーション」との関連で戦略会議が描く「国民一人ひとりの意識改革」の内容を紹介して「結び」に持っていきたいと思います。すなわち、

    ・「組織主義」から「個人能力発揮主義」へ
    ・「内向きの競争」から「世界との競争と協調」へ
    ・「自前主義」から「開放・協働主義」へ
    ・「失敗を許さない社会」から「失敗を活かす社会」へ
    ・「石橋を叩いて渡る文化」から「スピードを重視する文化」へ
    ・「同じ価値をもつ者の集まり」から「異との出会い、融合機会の増加」へ

おわりに

果たして日本人が短期間にこのように変わり得るのかどうか、首をかしげる方もあるいはおられるかもしれません。大学教員として若者と日々接している私にとっても、極めて挑戦的な課題です。

結論はさておき、ポイントは日本の政策立案者がこうした点にまで踏み込んで議論し始めているということです。しかも目指すところは、異文化・異なるエスニシティのなかで自分たちの居場所を築いてきた移住者、日系人の自立型の人間類型に近いということです。

冒頭で述べましたように、海外日系人の方々には、定住国で培ってきた「知」wisdomを、Japonês、Japonés、Japaneseとい うニッケイのエスニシティをパイプにして、日本の、そして日系社会相互のイノベーションを刺激していただきたい。日本からは、多言を要しないと思います が、「ものづくり」といった日本の強みを、この同じパイプラインで流すことができるのではないでしょうか。

日本から地球の正反対にあるここサンパウロを会場に開催された本大会は、こうした「知」のパイプライン構築の可能性を示唆するものではないかと述べて、私の問題提起を終らせていただきます。

ご清聴をありがとうございました。

© 2007 Kotaro Horisaka

コミュニティ 2007年 パンアメリカン日系人大会 パンアメリカン日系人大会
このシリーズについて

このシリーズでは、2007年7月18日から21日にブラジル・サンパウロで合同開催されたパンアメリカン日系人大会と海外日系人大会に於けるレポートやプレゼンテーションなどを紹介しています。

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執筆者について

上智大学外国語学部教授。イベロアメリカ研究所所長。国際基督教大学教養学部卒。ラテンアメリカ地域研究(ポリティカル・エコノミー)。日本経済新聞証券 部記者、国際開発センター研究助手、日本経済新聞産業部・外報部記者、中南米特派員(4年間)等を経て現職。ブラジルを中心にラテンアメリカ各国で取材お よびフィールドワークを行なう。メルスコール(南米南部共同市場)を中心とした米州における地域統合の動向分析、ラテンアメリカの産業・企業動向分析、ブ ラジルの政治・経済動向分析等を行う。

(2007年11月 更新)

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