その地区一帯は歴史保護地域に指定されていて、古い建物を勝手に倒したり、大きく改築したりできないことになっている。ホテルに続き小さな商店やレストランが並び、その終わりの壁には、歴史建造物指定のエッチングの表示があった。
一街の通りは、三階建て四階建てのビルディングが隙間なくびっしりと並んでいる。建物と建物の間は隙間がほとんどない。一階には食堂や土産物屋、雑貨店、宝石店が並んでいて、二階以上をホテルや下宿屋がしめている。全てが100年以上の建物だ。
やす子が何度も泊まるホテルは、入り口のガラスのドアを開けると、幅の狭い階段だけがあった。二階以上が客室だった。エレベーターがないから、その狭い急な階段をスーツケースを引きずりあげるのに、喘いだものだが、二回目からは下から声をかけると若いフロントの手伝いが飛んできてくれた。「あ、きたきた。ほいほい」とか言いながら、荷物を軽々とかつぎあげてくれた。その青年が辞めてからは、ホテルの持ち主である80才の中国人のおばちゃんとやす子の二人で、よちよちと持ち上げたこともあったが、おばちゃんはなじみ客だけに部屋を貸しているということもあり、気安く泊り客を荷物運びに使うこともあった。
ホテルの廊下は狭く暗かった。何度も塗り替えた壁は、何重にもペンキが塗り重って、凹みがあちこち露わになっている。なじみの客しか取らないから、いつもがら空きで静かだった。部…