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Imagine Little Tokyo Short Story Contest IV

巻きすの神様

今夜、引退する私は、えも言われぬ罪の意識にさいなまれている。

ここリトル東京で寿司を握って55年… いや、正確には巻いて55年と言うべきかもしれない。1963年、私があの“トリプルTロール”を考案して以来、世界は劇的に変わってしまった。

当時まだ寿司は、日系人と一部の食通だけのものだった。一般のアメリカ人は生魚に抵抗を示しており、海苔は黒い紙のようだと気味悪がって、わざわざはがして食べる客もいたほどだ。本格的な江戸前寿司を売りにしていた私の店には閑古鳥が鳴き、明日にでも廃業しそうな状況だった。

もうすぐ2人目の子供が生まれるっていうのに、ここで店をたたむわけにはいかない。奮起した私は、起死回生の新メニューに取り組んだ。

生魚が苦手なら、代わりに天ぷらはどうだ?味は流行りのテリヤキソースでパンチを効かせよう。海苔が苦手なら、ご飯が外側にくるように巻いてみては?こうして編み出したのがトリプルTロールだ。“トリプルT”は、天ぷらの“T”、テリヤキの“T”、そして私の名前であるトミオの“T”を表していた。

テリヤキ味のエビ天を裏巻きしたトリプルTロールは、瞬く間にリトル東京の名物となり、噂を聞きつけた客が全米や海外からも訪れるようになった。アボカドとカニカマのカリフォルニア・ロール、スモークサーモンとクリームチーズのフィラデルフィア・ロール、カラフルな食材を外側に巻いたレインボー・ロールなど、さまざまなバリエーションが生まれ、寿司といえばロールというくらい、巻き寿司中心の寿司文化がみるみる広がっていったのだ!

握りこそが江戸前の神髄だというのに、客は、やれ“ダイナマイト”だの“スパイダー”だのカタカナ名の巻き寿司ばかり頼んでくる。私は来る日も来る日も巻き続け、指には巻きすの縞模様がくっきりと刻まれる始末。

神様… 私は伝統を破壊してしまったのでしょうか?

「何をそんなに嘆いておられる」

目の前に、白い口ひげを蓄え、白い着物をまとった老人が立っていた。

「あなたは?」

「ワシは巻きすの神じゃ」

「巻きすの?おお… これはすっかりお世話になりました」

「そなたがロールを流行らせてくれたおかげで、忙しくさせてもらっとるよ。それまで寿司神の世界じゃ、包丁の神やまな板の神が幅を利かせとったが、60年代以降、あれよあれよとポイントが貯まって、今じゃ飯台の神を抑え3大寿司神に名を連ねさせてもらっとる」

「寿司神の世界にポイントが?」

「ああ。道具が使われると1ポイント加算され、100万ポイントごとに昇進するというシステムでな」

「ひゃ… 100万ポイント?」。さすが神様の世界はスケールが違う。

「それはともかく、商売を成功させ、子供たちも立派に育ち、無事天職を全うするおめでたい日だというのに、なぜ悩む?」

「あ… いや… さんざん使わせていただいてこんなことを言うのもなんですが、私は江戸前寿司をアメリカに広めるつもりで寿司職人を志したというのに、終わってみれば、どこもかしこもロールだらけでして、日本の寿司の伝統を完全に破壊してしまったと後悔しているのです。あの時、安易にアメリカ人の好みに合わせず、じっくり腰を据えて握り続けていたらどうなっていたかと…」

「なるほど… 職人気質ゆえの苦しみか。分からんでもないな。まあ、ワシも十分いい思いをさせてもらったことだし、なんなら、そなたがトリプルTロールとやらを考案しなかったことにしてやっても構わんぞ」

「そんなことができるのですか?」

「とりあえず1兆ポイント貯まってるから、過去を少しばかり塗り替えることなどわけない」

「では、ぜひお願いします!こんなロールだらけの世界は我慢できない。どうか、あの忌まわしいトリプルTロールを、無かったことにしてください」

すると巻きすの神さまは懐から特大の巻きすを取り出し、くるりと裏向きに巻き直してから懐に戻した。そして、にっこりうなずき、ふっと闇に消えた。


時計を見ると、午後3時を少し回っていた。どうやら、板場のイスに座ってうたた寝していたようだ。給仕を担当する妻のレイコも調理場のホセも休憩をとっているらしく、店には誰もいない。ぼんやりとカウンターのネタケースを見ると… おや?なんかいつもと色合いが違うぞ。

寝ぼけまなこをこすってケースの中に焦点を合わせる。マグロ、ブリ、サケ、エビ、イカ、タコ、ホタテ、タマゴ… 普段ならケースの真ん中に堂々と積み上げられていたカニカマがなく、代わりにかんぴょうが置いてある。アメリカじゃほとんど誰も頼まないし、調理も面倒なのでここ数年、作ったこともなかったかんぴょうが!

もしやと思い野菜を冷蔵するガラスケースを見やると、アボカドは… 一応ある。だが2個だけで、いつもよりずっと少ない。徳用サイズのテリヤキソースは見当たらないし、のりの缶も山積みになっていない。再びネタケースを見ると、タイ、ヒラメ、アジに… ノドグロも?なんと本格的なラインナップ!きっと巻きすの神様が願いをかなえてくれたに違いない。

開店まであと2時間ある。軽く散歩でもするか… 私は上機嫌で表に出た。ホンダプラザからセカンドストリートを西へ進みセントラルアベニューを北上すると、そこはリトル東京の顔ともいえるファーストストリートだ。歴史的な建造物をそのまま生かした、この懐かしい雰囲気がたまらない。

ランチタイムを過ぎて少し落ち着いた様子だが、ラーメンの大黒屋の前では、まだ何人かが空席を待っている。LAも、ここ数年でラーメン文化が定着して競争が激しくなっているというのに、いまだ揺るぎない人気を保っているとは大したものだ。

そういえば、ファースト沿いに数件あったはずの寿司屋が見当たらないな。利寿司もえんやも大政も… 全部ラーメン屋に変わっているぞ!不意にぞぞっと悪寒が走る。私がTロールを考案しなかったがために、寿司がラーメンに駆逐されたのか?

ま、いいか。少なくとも私の店は存続しているし、リトル東京だからって、そこらじゅうに寿司屋があればいいってもんじゃない。きっと腕のいい職人たちは、別の場所に店を構えているのだろう。

さて、ラーメン屋以外はどんな店が… 私は左右を見渡しながらファーストを西へ向かった。バーにナイトクラブ、保釈金立替業者にアダルトショップ… おいおい、なんだかクセがすごいぞ!お世辞にも健全とは言い難い。私は、くらりと軽いめまいを感じ、案内所がある小東京交番へと駆け込んだ。

「あの… すいません」

「どうも。何かご用で?」。私と同世代と思しき物腰柔らかい紳士が私を迎えた。

「そ… 外の様子が…」

「外がどうかしましたか」

「い…いつからこんな街並みに?」

交番の紳士は、ふう… とため息をついて答えた。

「90年代にバブル景気が崩壊して以来、かつてのリトル東京は影を潜め、いつしかこの通りは…」

「確かにニルバーナみたいなクラブはあったけど、こんなに怪しげじゃなかっただろ。じゃあ、ジャパン・ビレッジは?ほら…みやげ物屋とかスーパーニジヤとかあって、しゃぶしゃぶ屋や回転寿司の前には行列が…」

「ほう…ジャパン・ビレッジとは、懐かしい響きですな。あの辺一帯は2001年にフォスター不動産に買い取られて、今じゃ、どこにでもありそうなショッピングモールです」

そんなバカな!私は目を見開き、そのままの勢いで駆けだした。あんなに賑わっていたビレッジがアメリカ系大企業の手に?ファースト沿いに文化堂はまだあるし、高野山別院もある。ランドマークとしておなじみの赤いやぐらだって、しっかり残されているじゃないか!

ビレッジの入り口から恐る恐る中をのぞいてみた。フォスターカフェ、フォスターベーカリー、フォスターアウトレット… ニジヤがあった場所はフォスターマートに!右も左もフォスター産業一色だ。こうも街並みが変わってしまうなんて、一体、何が起こったんだ?

私は、重い足取りで店に向かった。セカンドストリートはファッション系の店ばかりで、浜寿司も小政も消えている。商売敵とはいえ、いざ無くなってみると寂しいものだ。回転寿司のくらだって、あんなに流行っていたのに、今や飲茶が回転する“上海レボリューション”に変わっている!

 「オカエリナサイ、タイショウ」。店に帰ると、調理場のホセが休憩から戻っていた。

「ホセ。なんで、うち以外の寿司屋が無くなってるんだ」

「今更、何ヲ言ッテルンデス。アメリカジャ、グルメ以外ハ寿司ヲ食ベナイカラ、コノ辺ジャ寿司屋ハ、ウチダケダヨ」

うちだけ?ロールが発展しなかった世界の寿司は、そんなに人気がないのか…私は、さっき誇らしげに思っていたネタケースを改めて見渡し、カニカマを置いていないことに罪悪感を覚えた。

そうはいっても、アメリカ人だってマグロは好きなはず。ケースには、ルビーのように輝く立派なマグロが… あれ?待てよ。筋の入り方が妙だな。

「ホセ、これは?」

「オオ、見事ナ赤マンボウデスネ」

「赤マンボウだと?マグロは、どうした?」

「タイショウ、悪イ冗談ハ、ヤメテクダサイ。マグロハ乱獲ノセイデ絶滅寸前。輸入禁止ニナッタッテ知ッテルデショ」

「冗談じゃない。寿司は人気がないってのに、誰が乱獲を?」

「ソレガ、アジアジャ爆発的ニ人気アルミタイデスヨ。マグロバッカリ食ベテルッテ」

どういう理屈だ?腹にたまるロールがなくて、その分、マグロの消費量が急増したとでもいうのか?

「ところで、レイコは?」

すると、ホセは気まずそうに首を振った。

「タイショウ。今日ハ、何カ変デスヨ。元奥サンハ何十年モ前ニ日本ニ帰ラレタト」

 “元奥さん”って… まさか、私がトリプルTロールを考案しなくて、商売が軌道に乗らなくて、妻が愛想をつかして、それで子供を連れて日本に帰ったとでも?いやいや、そんなはずはない。レイコとは裸一貫からやってきたんだ。一度や二度、失敗したくらいで私を見捨てるほど薄情な人間じゃなかろう。なぜに…ああ、混乱して頭が割れそうだ。たった1つのことが、こうも歯車を狂わせてしまうのか?いくら本格的な寿司を握っているからといって、最愛の妻と子供がいなけりゃ意味がないじゃないか!巻きすの神様、お願いです!!どうか元の世界に巻き戻してください!!!

 
時計を見ると、午後5時まであと10分。どうやら悪い夢を見ていたようだ。

「あんた、そろそろ開店だよ。準備をしないと」

「レ… レイコ。戻ってきてくれたのか」

「何、わけ分かんないこと言ってんの。それより外をごらん。あんたが辞めるってんで、もう常連さんが5人ほどお見えだよ」

「おお、そうか…」。おもむろに立ち上がり調理場に向かうと、2人の男がホセの仕込みを手伝っていた。息子のヒロシとタカシだ。それぞれ別のレストランで働いているはずなのに…

「親父。うなされてたみたいだけど、大丈夫?」。何かと心配しがちなヒロシが尋ねる。

「本当は、まだ引退したくないんじゃないの」。タカシが1歳の頃から変わらない細い目でヘラヘラと笑っている。

「お前たち、ここで何を?」

「決まってるでしょ。忙しくて倒れられたら困るから、助っ人に来たのさ」とヒロシが答える。タカシは、「あとでカレンとチビたちも来るから、かわいい孫たちにいいネタ握ってやってよ」と、相変わらず図々しい。

「ああ。赤マンボウでよけりゃ、いくらでも食わせてやる」と私が言うと、ホセが割って入る。

「タイショウ、ソンナ、殺生ナ。今日ハ飛ビ切リノマグロガ入ッテルノニ」

 よかった… まだマグロがあったんだ。いや、そんなことより、職人生活の最終日に家族に囲まれて、これほどありがたいことがあるだろうか。ええい、こうなったら江戸前も握りも関係ない。ベリーロールだろうが粘着ロールだろうが、何だって巻いてやる!


時計を見ると、もう9時。閉店間際に、この辺では見かけない客がカウンターに座った。白い口ひげを蓄えた老人… その風貌は、まるで夢で見た巻きすの神様だ。

「いかがいたしましょう?」

「うむ…お任せで頼む」

「で、苦手なものは?」

「そうだな。特にないが、最後は甘辛く締めたいな…例のやつでね」

望むところだ。ここリトル東京で寿司を巻き続けて55年。有終の美は、もちろんこれで飾る… 世界を変えたトリプルTロールで!

 

* このストーリーは、リトル東京歴史協会による第4回短編小説コンテストの日本語部門での最優秀賞作品です。

 

© 2017 Masafumi Mori

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Sobre esta serie

The Little Tokyo Historical Society’s fourth short story contest concluded with an Awards Reception held on the evening of Thursday, April 20, 2017 at the Japanese American Cultural & Community Center Garden Room in Little Tokyo. The winning stories and Finalists were announced before an appreciative crowd following a light reception of Japanese foods. The winner’s stories were read in dramatic fashion by professional actors and the words came to life for everyone to enjoy. The Youth and Japanese category winners were present and received their $500 cash prize award, and the English winner joined the program via Skype from her home in New Zealand!

Winners


*Read stories from other Imagine Little Tokyo Short Story Contests:

Imagine Little Tokyo Short Story Contest I >>
Imagine Little Tokyo Short Story Contest II >>
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