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ある日系人との出会いから ―その1/2

日本人にとって日系人は、遠くて近い存在なのでしょうか?確かに、日本人と日系人の関係は、日本がはじめた日米戦争によって、亀裂ができてしまったとされています。そのため、多くの日本人にとって、日系人について、その多くを理解するための機会が限られています。しかしながら、わたしは、これまで出会った多くの日系人との交流や、親しくしてくださるFさんやHさんのことを考えると、どうやら、日本人と日系人の関係は、お互いをよく理解しあう人々によって、しっかりと保たれてきたと思うのです。

日本語話さぬ補助教員

わたしは先日、中学生の頃のあるエピソードを思い返していました。わたしは中学生を相手に英語や社会を教える仕事をしていますので、中学生の視点や、中学校の事情を理解するため、わたし自身が中学校に通っていたときのことを思いかえすのです。ただ、台湾にルーツをもつ日本人であるわたしにとって、日本の学校での思い出には、思いだしたくないものが色々とあります。思い出してしまうと、気分が悪くなってしまうものもあるのですが、これから書く内容は、忘れることのない良い思い出のひとつです。

わたしが中学1年生のときのことでした。日本の中学校では、英語を母国語とする人々を、補助教員として教壇に立たせることがあり、そのときに、わたしのクラスにやってきた補助教員の先生が、日系人だったのです。彼女は、タカキさんという女性の方でした。背は低めで、長い黒髪の印象的な、いつもニコニコしている方でした。

タカキという名前はおそらく、漢字に直すと高木になるのでしょう。彼女の姿かたちは、どこにでもいる日本人とそっくりなのに、英語がぺらぺらであること、そして日本語をあまり話さなかったことで、当時のわたしにとっては不思議な存在でした。

彼女は、1年間のあいだに、さまざまな中学校を転々としていました。ひとつの中学校につき、およそ2ヶ月から3ヶ月ほどいて、中学生に英語を教えていました。彼女は日本人の英語教員と一緒に教室に入り、日本人の英語の教員の指示に従って、教科書にある英文を読むなど、非常に単純なことをやっていました。

過ぎたことを書くのは気が引けることではありますが、そのときの英語の授業は、彼女が中心になってすすめてくれればよかったのにと思います。そうすれば、わたしは彼女について、もっと知る機会がもてたと思うからです。

当時のタカキさん。千葉県印西市の中学校にて

送られてきた手紙

タカキさんがわたしの中学校に来たのは、わたしが中学校1年生のときの1年間のあいだに2回ほどでした。1度目は初夏の頃、2度目は春休みの直前であったと思います。もしかしたら、3回ほど、わたしの学校を訪れていたのかもしれません。

その当時のことでしたが、わたしはアメリカに戻った彼女から手紙をもらったことがありました。おそらくは、わたしが授業のなかで何か発言をしたからだと思うのですが、ずいぶんと前のことですから、その詳細は定かではありません。UCLAと印刷された小さな便せんには、日本の紅葉にかんすることが書かれていました。その手紙をわたしは、今でも大切に保管しています。

しかしながら、時間が経つにつれて、わたしの記憶から、彼女のことが薄れていきました。もしも、彼女の存在の背景にある歴史を少しでも理解できていたならば、わたしは積極的に文通をしていたことでしょう。わたし自身の記憶において、彼女は手紙を送ってくださった親切な人、という程度のものになってしまったことは、とても残念なことでした。

それにしても、たとえ名前だけにしろ、なぜわたしは彼女のことを憶えていたのでしょうか。当時は、英語が好きか、あるいは英語に興味があるという理由で、彼女とコミュニケーションをとっていた人たちがいたことでしょう。しかしながら、わたしの場合は、わたしのアイデンティティとの関連があったことを、ごく最近になって、気がついたのです。

その2>>

© 2011 Takamichi Go

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