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中南米の日系人と日本の日系人の正体

中南米の日系人

日系人とは海外へ移住した日本人とその子孫であると定義されている。日本人が海外に移民するようになってから140年近くになるが、この期間アメリ カをはじめ中南米諸国には多数の日本人が移民し、現在、世界には250万人の日系人が存在する(ブラジルが一番多く130万人、次にアメリカが100万 人、ペルー9万人、カナダ5.5万人、アルゼンチン3.2万人等である)。

当初からこの移民は苦難の連続であり、多くの方々の犠牲と努力等によって今日、 日系人コミュニティーというものが各地で築き上げられた。どの国でも日系人は勤勉で誠実で、まじめだということで評判になり社会的にも「保証つ き"garantizado"」という存在になった。そして一世の苦労の甲斐あって二世や三世は地元社会でも様々な分野で活躍するようになった。日系人は 優秀で経済的にも比較的に豊で、二世達はそれなりに日本語もでき、二つの文化を理解できる日本との「架け橋」的な存在であると言われるようになった。これ が一般的な見解で通説とされてきた。多くの日本人にはこうしたイメージがある。

しかし、1980 年代の後半ぐらいから、日本に出稼ぎに来る日系人の存在が目立つようになった。日本はバブル最盛期で、大企業の生産現場は深刻な人手不足に悩んでいた。一 方、南米諸国のほとんどの国は最もひどい経済状況に陥り、インフレも高く債務を抱えていた日本人/日系人農業経営者たちの経営は非常に圧迫していた。移住 地等で事業を行っていた日系人たちはJICA 等からの融資を受けていたため、国内通貨の下落と円高によって返済が困難になっていた状況である。それで、日本への出稼ぎがはじまったのである。日本での 製造業の人手不足と南米の経済情勢という要素が相まって、1990 年の入管法改正によって大量の日系人が日本で働くようになったのである。

日本の日系人

日本に出稼ぎに来た中南米諸国出身の日系人たちは、当初は「出稼ぎ」という目的であり、一時的な労働力として日本で就労しお金を貯めることであっ た。日本政府も、生活拠点が本国にある以上数年で完全に帰国するという前提で支援策を講じた。しかし、90 年代半ばぐらいからこの流れをくつがえすかのように、日本経済が悪化するにもかかわらず多くの日系人達は妻子を呼び寄せたり日本で家庭を築いたりして定着 し始めた。職もほとんどが間接雇用であるため所得も低く非常に不安定であるとともに、社会保険や雇用保険、労災保険への加入率が低い水準の労働市場で就労 しているのが現状である。日本を新しい定住先として選んだ理由はまだはっきりしていない部分があるが、本国の経済・社会情勢が良くならないことや帰っても あまり良い職に就けない、就けても日本で得た生活水準が維持できない、日本での生活に馴染んでしまった等が挙げられると推測できる。新しいフロンティアを 開ける可能性はほとんどなくとも、比較的安定した日本の方が良いと考えているケースが多いに違いない。

しかし、日本に定着し始めた日系人にはいくつかの特徴と多くの課題が残されている。同胞支援の中、優遇されたビザで就労の機会を得たとはいえ、日本 では非熟練労働の外国人労働者なのである。血のつながった日系人といっても、文化的社会的にもそして国家帰属意識的もブラジル人、ペルー人、ボリビア人な のである。先祖の記憶や教えによって日本への愛着や理解は多少会っても、以前伝えられた日本のイメージというのはノスタルジックに語られた祖国を想う一世 の話なのである。今の日本とはあまりにもかけ離れた内容である。三世の殆どは日本語を勉強しておらず勉強していても理解力は乏しい。考え方も行動の仕方も そして生活設計もネイティブなのである。表情も含めて日本的な要素はあまり無いと言って良い。

ラテン諸国で生まれ育った日系人たちは先祖から伝えられてきた勤勉さや誠実さは多少維持してきたとはいえ、やはりlatino としての良い部分と悪い部分のアイデンティティーの方が強いのである。日本のようにひとつ一つの制度の中で定められたルールとプロセスを遵守して行動する という習慣も教育も受けていないのである。

その結果、この10 年の滞在で異文化間摩擦、考え方の違いによる誤解等様々な対立と孤立状態になっている事件と状況が地域社会では後を絶たない。日系人達は年金や健康保険 (又は国保)に加入していないのは間接雇用の弊害によるものが殆どだが、自分たちの短絡的な意識にも原因がある。また、加入していても保険料や住民税の滞 納率が高い、子供達への教育意識も薄く地域によっては日系人子弟の未就学率は大きな懸念材料である。そして、青少年の非行率、成人の犯罪率も規範意識の薄 さの表れである場合が多い。もちろん原因は複雑で色々な要素と状況が入り混じって時には同情の余地もあるが、一番の原因は日本政府と日本社会が彼たちの存 在を「移民」として認めず、はじめからルールをはっきり示さなかったことからにある。

「出稼ぎ」として人手不足の時には大変歓迎された日系人達だが、たしかに政府も産業界も社会も一時的な労働力としてしか受け入れなかったのである。 しかし、あまりの好待遇と歓迎振りに多くの日系人達は勘違いしたに違いない。自分たち無しには「会社は成り立たない」と思うようになったのである。また、 同胞として間接的にとはいえ様々な支援体制が整備されたが、法律や規定を守らなかった場合の制裁やリスクについてはどこにも掲載されなかったのである。日 系人達は他の外国人労働者に比べ特別扱いされ、かなり大目に見られてきたのである。これが仇となって、今、地域社会の共存と秩序を担当している市町村では 対応に悪戦苦闘している。

元々日本社会というのは責任と義務がはっきりしない側面がかなりあり、法体系が厳しくても運用の面では案外柔軟で曖昧なところがある。これが良いと きもたくさんあり、日本社会の根底をきちんと理解している場合はうまく機能すると言える。だれもが暗黙の了解ごとく行動し、応えてくれるからだ。

しかし、血のつながりがあっても、まったく異なった文化の異国から来た人間(日系人)からすると日本という社会で生きる、生活するということはゼロ からのスタートなのである。日本は、日系人達を労働力として活用するために法的に優遇したが、制度的に又は社会的に整備せずに行き当たりばったりで対応し てきたのである。それも、日系人達のただの外国人としての性質や文化的背景や行動パターンをまったく把握せずにである。だから、どんな支援策を講じても効 果はあまりなく、現場で対応する相談員や通訳、ボランティアだけがストレスで倒れ、施策担当者もむなしい思いをするのである。

こうした諸問題をどう解決に導いたら良いか政府や南米の日系人達を心から同胞と思い重要な外交資源として考えている人たちは今の在日日系人就労者問 題で頭を痛めているが、以前から伝えられている日系人のイメージにも少なからず偏った部分があり、決してみんなが優秀で勤勉で地元社会で成功したわけでは ないのである。たしかに犯罪を起こした日系人は非常に少ないといえるが、普通の人間社会のなかで事業や家庭に失敗したり、借金で夜逃げしたり、詐欺行為を したり、不登校になったり、学校では落第したり、通常あまり表に出ない事件やケースはたくさんあったのであり、今もあるのである。そうした要素も持った大 勢の日系人が出稼ぎ者として来日、現在定住しつつあるのである。

こうしたことを理解すれば今の日系人の状況に説明がつき、真正面から対応し真の理解と共存が築き上げられ、彼たちの自立を促すことができるのではないかと考える。

 

*『日系人ニュース』 (財)海外日系人協会日系人相談センター会報64号2003年5月1日より転載。

© 2003 Alberto J. Matsumoto