「次世代の日系人1」とは、いったいどのような日系人なのだろうか。単に中南米諸国に移住した日本人の子孫たち — 三世、四世、五世など(日本人だけでなく、ハーフやクォータ2等、他の人種・民族の血を引き継いでいる人たちも含む)— のことなのか。それとも、日本人離れした今話題の「ミレニアル(millennials)世代」的な日系人で、しがらみがなく、帰属意識も薄く、かつ柔軟で新しいもの好きで、クールジャパン的な要素に感心がある若者たちのことなのか。いや、もしかするとこれらすべての要素を少しずつもった世代なのかも知れない。「次世代の日系人」は、近年何に感心がありそれをどのように行っているのか、そして彼らは日本に何を期待しているのか、または、日本はこうした人材をもっと活用するにはどうしたらよいのか、少し検証してみたい。
世界には300万人の日系人が存在し、アメリカに100万人、中南米には165万人、(ブラジルに150万人、ペルーに9万人、アルゼンチンに3万人という推計)、そして日本に24万人程いる(ブジラル人が18万人、ペルー人が4.5万人等)。パラグアイやボリビアの農業移住地及びドミニカ共和国等は、日本人が移住してからまだ60年前後しかたってないが、その他の地域の日系社会は100年以上もの歴史を持つところも多い。世代交代が進み、非日系人との家庭も増えており、日本に対する思いや期待も移住者のそれとはかなり異なる。
既存の日本人会が日系社会の代表的団体ではなくなってきていることも、今の変化を反映している。活発な日系団体には、若手や中堅の二世が運営の中枢におり、事業毎に目標を定めて、資金に見合った活動をする。法人格のないサークルのような任意組織や、盆踊りや日本祭りという事業企画に特化したグループも多い。地元自治体が移民祭や文化イベントを企画すると、このようなグループは積極的に参加する。年会費を徴収しない(実際はできない)団体やサークルは、わずかな資金で試行錯誤しながら自らの財源を確保し、固定費を増やさない運営スタイルをとっている。ハコモノ事業や形骸化した団体の役職を敬遠し、その時々の経済情勢や資金繰りによって目的や事業を柔軟に変更する。協力してくれる団体があっても、いかなる団体に対しても若い世代の日系人の帰属意識はそう高くない。
次世代日系人の主な特徴は、非日系人の協力や参加を惜しまず受け入れ、以前とは比較にならないほど共同作業を展開することだ。大きなイベントほど日系でない地元住民の参加と協力が必須になってくるが、非日系の協力を得られた団体は多くが自己財源を増やすことに成功している。例えば、ブラジルのサンパウロで毎年開催されている「日本祭り(Festival do Japao)」は、ブラジル日本都道府県人連合会が企画し実施している。実行委員の多くは日系二世や三世で、来場者の半分以上は非日系人だという。「日本祭りは日系人のイベントから、サンパウロのイベントになった」と、山田会長は表現している3。
このように、日系人のための日本語学校や日本人会(会館等)ではなく、日本に興味のある一般人のための日本語教室や事業を企画し、日本人や日系人に限らず、地元の非日系人が違和感なく楽しく参加できるようにしなくてはならない。盆踊りやバザー等は、そのよい例であろう。また、非日系人講師が日本語を教えることも今後は更に珍しくなくなるに違いない4。
次世代の日系人の多くは、祖父母や曽祖父母に当たる日本人移住者「一世」のことを大切に思いながらも、この100年間彼らがたどってきた軌跡やその間日本がどのような状況にあったかをあまり知らない。日系社会では、ときには苦労話を被害者意識で強調する偏った認識もみられるが、最近では、スペイン語やポルトガルでも日本人移住史をわかりやすくかつビジュアル的に紹介する本や漫画などが出版されており(例:メキシコ日系社会が発行したマンガ本〝Los SAMURAIS de México, Hisashi″ UENO等)、若い世代でも簡単に日系史に触れることができる。
さらに、ブラジルやペルー等には、日本人移住をテーマにした史料館が整備されている。特に、リマのペルー日系人協会(APJ)の運営する史料館は、若い世代に対してもとても分かりやすい展示方式で日本人移住史を紹介している5。今後は、もっと非日系人にも訪れてもらえるような施設にし、話が上手な有力日系人が地元の学校や大学等に出向いて講演を行ったり、出張教室を実施することも必要である。マンガを活用してでも、その時々の出来事や国際情勢がそれぞれの社会にどのように影響してきたかをみるだけでも、日系コミュニティに対する理解と信頼が高まるに違いない。
様々な分野で活躍している日系人は日本の重要なソフトパワーでもあるが、実用的な協力体制の構築にはもっと中長期的なビジョンが必要である。日本は、南米とのビジネス関係や文化交流をもっと積極的に関わろうとしているが、そこには日系人への期待も高い。しかし、そのためには、一緒にリスクを負いながら利益を得るという両者間の覚悟と合意が必要である。日系人は自国の社会で、誤解や偏見によってときには辛い迫害や理不尽な差別も体験してきたが、自らの違いをバリューにし、ときには想像を絶する努力と犠牲にもとづいて尊敬を勝ち取ってきた。だからこそ日系人は、今日本が必要としている多様性と予期できない摩擦や混乱をマネージメントできる、有力な海外パートナーにもなりうる存在である。
今後の対中南米日系社会政策は、これまでの日系人の功績と今後の可能性を前提に日本と様々な提携・協力関係を目指さねばならない。日系人を単なる支援の対象ではなく、日本の直接的・間接的パートナーとしてもっと戦略的に活用する方法、仕組等を構築する必要がある。
日本語教育、日本文化の発信や普及、海外で親しまれているクールジャパンといった文化的現象を、日系人を通じて海外にこれまで以上に広げるという発想を持たねばならない。といっても、すべてのことを日系人を介して行うという意味ではない。非日系人の中にもすばらしい人は多い。例えば日本留学を機に親日・知日になり、その後も日本で学んだことをいかして、本国や第三国で日本語を教えたり、アニメやマンガだけではなく本格的な書道教室を運営したり、日本人顔負けの活動をしている人もいる。成功している日系団体やサークルは、こうした非日系の人材にも支えられている。
今後は、日本国も政策的にこうした人材を日系人と混合してもっと実用的に活用することが望まれる。日本や中南米での研修等も、専門分野や職種によっては、日系人・非日系人の合同でも良いかも知れない。日系人にとっては、良い刺激と挑戦になる。日本にとっても、パワーアップした多くの味方とソフトパワーを確保することになる。
注釈:
1. 外務省は「中南米次世代日系指導者事業」を実施しており、数年前から有力な日系指導者を招いて日本側の関係者と意見交換会や懇談会等を設けている。双方の理解促進と国際交流、そして日本の海外人脈拡大等を意図している。一方、JICA国際協力機構は、昨年から日本政府のイニシアチブ(安倍総理の南米訪問を機に持ち上がった案)によって、各業種の研修事業以外に日系大学生20名を招いて、約一ヶ月の滞在期間中、多くの人や団体と会い、観光名所も訪問して、日本への関心を高めてもらっている。
アルベルト松本、「次世代日系人指導者の役割と期待」、(ディスカバー・ニッケイ、2015年6月掲載)
2. 近年、ハーフ・クォーターに対して、二つ(または二つ以上)の文化やエスニック性をもっているという意味で、ダブルまたはミックスという表現を使うこともある。本稿では、ハーフ・クォーターと便宜上用いているが、マイナス的意図は特にない。
3. 「県連会議=来年の日本祭りの準備開始=50周年式典に若者参加を」 (ニッケイ新聞、2016年8月3日掲載)
4. 日本人や日系人の場合、JICAや国際交流基金の支援による教員研修を受けて日本語教師になる人が多い。それに対し、非日系人教師の場合、マンガやアニメの自主翻訳、和太鼓やソーラン節、料理や芸術等を学ぶために日本語を勉強したという人が多い。彼らの多くは、自費で日本に留学し、語学と文化をある程度マスターしている。
5. ボリビアのラパス日本人会の史料館もコンパクトだがとても分かりやすくコミュニティの歴史を紹介している。一番重要なのは、日系人だけではなく地元社会の学生や一般人にも理解できるようにし興味をもってもらい、訪れてもらうことである。
リマのAPJのサイト(主にスペイン語)には、日本人移住史について掲載されているほか、国内のモニュメントや日系に縁がある場所、文献の入手方法なども示されている。史料館には、日系有力者〝Carlos Chiyoteru Hiraoka″という名前がついており、このネーミング料が史料館の運営費に充てられている。