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https://www.discovernikkei.org/en/journal/2014/6/18/copa-do-mundo/

第二十話 「サッカーワールドカップで会いましょう」

「Copa do Mundo1」がブラジルで開催されると決まった時、ケントは跳び上がって喜んだ。サッカー好きの少年は、学校から戻るといつも、宿題をするのも忘れて、近くの原っぱでボールを蹴っていた。母親はしかたのないものと受け入れるしかなかった。ケントの父親もサッカー好きで、プロになろうと思っていた頃もあったのだ。

「パパイ2が日本から帰って来られたらいいのになあ。そうしたら、一緒にテレビでプレーを見られるし、スタジアムにも行けたらいいなあ!」と、ケントは強く願った。

母親はかわいそうに思ったが、「そんなはずないでしょ。パパイはあと2年は日本で頑張って、ちょうどお姉ちゃんが大学を卒業する頃に戻って来ると、言っていたでしょう?」と、言った。

パパイは祖父から受け継いだ洗濯屋を妻と長男に任せ、長女と年の離れた末っ子のケントを残して日本へデカセギに行った。ケントは、その時、4歳だった。あれから3年が経ち、パパイは、一度ブラジルに戻ってきたが、再び日本へ行かなれればならなくなった。洗濯屋をもっと大きくして、新しい家を建てるには資金が足りない上、老いた母親には特別な介護が必要になったからだ。

パパイは頻繁に家族と連絡を取り、末っ子のケントとはスカイプでいつも話していた。おかげでケントは日本語を少し覚えたし、パパイはブラジルのサッカーチームについていろいろなニュースを耳にできた。

しかし、今年の始めからパパイからの連絡は、間があくようになっていた。老いた母親はそれに気付き心配していたが、妻と子どもたちは「大丈夫だよ。パパイがきっと忙しくなったからだよ」と、言っていた。

ケントは想像の翼を広げ、「パパイはブラジルに帰る準備をしてるんだ。また一緒に暮らせるんだ。サッカーも一緒にしたいなあ」と思うようにした。

街はワールドカップ一色に包まれていた。通りや店のデコレーションはブラジル国旗の黄色と緑色で彩られた。

そして、5月31日についにパパイからの電話があった。「俺だ。来月帰るぞ。『Copa do Mundo』に間に合うように。じゃあね」と。電話に出た妻は驚いた。もう夜分遅かったが、みんなを起こしてパパイの言葉を伝えた。

夜中なのに、みんなは大喜びだった。ケントは大声で叫んだ「やった! 僕の夢が叶ったんだ!」

思いがけないとても良い知らせだったが、妻には悪い予感がした。夫は普段と違って元気がなかったし、そっけない様子だったから。しかし、家族には何にも言わなかった。笑顔で夫を迎えようと思った。

到着は早朝6時だったので、空港には妻と長男だけが向かった。長女は大学で試験があった。ケントは祖母の世話で家に残った。

パパイはずいぶんやせ細っていただけでなく、なんと車椅子で現れた。家族はびっくりしたが、付き添って来たアテンダントが「お客様が少し、お疲れ気味だったので」と説明してくれたので少し安心した。

家族は大歓迎でパパイを迎えた。パパイはさっそくお気に入りのひじ掛け椅子に座り、ほっとしたようだった。3月末に胃がんと診断され、すぐに入院し、手術を受けた。大手術だったため回復までに時間がかかりそうなので、ブラジルに戻って家族の元でゆっくりと静養したいと思ったのだ。

ワールドカップの開幕が迫ると、洗濯屋の前は黄色と緑色の小旗で飾られた。ケントはたくさんのグッズを買ってもらった。黄色い地に緑色で「BRASIL」と書いてあるTシャツや青いキャップや黄色と黒のヴヴゼラ。それを学校に持って行き、クラスで自慢もした。

そして、ブラジルのチームが初ゴールを決めた時、ケントはぴょんぴょん跳びはねて喜び、いきなりパパイに強く抱きついた。

その時、パパイは、嬉しさで胸がいっぱいになった。息子の小さな腕はどんな薬よりも効果的で、癒やされたのだ。

「で、ブラジルの次の試合はいつなの?ママイ3が得意の『ぼたもち』を振舞うから、待ってて!」

『ぼたもち』が大好物のケントは、そう言った母親に、ぎゅっと抱きついた。小さな胸は幸せでいっぱいだった。

注釈:

1. 「ワールドカップ」

2. お父さん、父ちゃん

3. お母さん、母ちゃん

 

© 2014 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi fiction FIFA World Cup foreign workers Nikkei in Japan soccer sports World Cup
About this series

In 1988, I read a news article about dekasegi and had an idea: "This might be a good subject for a novel." But I never imagined that I would end up becoming the author of this novel...

In 1990, I finished my first novel, and in the final scene, the protagonist Kimiko goes to Japan to work as a dekasegi worker. 11 years later, when I was asked to write a short story, I again chose the theme of dekasegi. Then, in 2008, I had my own dekasegi experience, and it left me with a lot of questions. "What is dekasegi?" "Where do dekasegi workers belong?"

I realized that the world of dekasegi is very complicated.

Through this series, I hope to think about these questions together.

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About the Author

Born in São Paulo, Brazil in 1947. Worked in the field of education until 2009. Since then, she has dedicated herself exclusively to literature, writing essays, short stories and novels, all from a Nikkei point of view.

She grew up listening to Japanese children's stories told by her mother. As a teenager, she read the monthly issue of Shojo Kurabu, a youth magazine for girls imported from Japan. She watched almost all of Ozu's films, developing a great admiration for Japanese culture all her life.


Updated May 2023

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