Discover Nikkei

https://www.discovernikkei.org/en/journal/2013/9/16/linda/

第十三話 塩辛&ポン・デ・ケイジョ

日系三世のリンダが日本に来たのは2007年の冬だった。今でも思い出に残っているのは親戚の温かい歓迎だった。

一人っ子のリンダは幼い頃にお父さんを亡くし、そのあと、最愛のお母さんも亡くしてしまい、独りぼっちになってしまった。18歳の時だった。それを知った、日本に住んでいるデカセギの叔父さんがリンダを呼び寄せてくれた。

叔父さんは家族と一緒に日本にデカセギに来て13年目だった。最近、ブラジル製品の商店「Mercadinho do Paulo」を開いて、そこで叔母さんと二人の息子も一緒に働いていた。もう一人の子どもは娘で、まだ学生だった。リンダもそこで働くようになり、毎日が忙しかったが、楽しかった。

春が来て、リンダは初めてサクラの花を見た。その時、昔、ブラジルで知り合った平田真司と、偶然、満開のサクラの下で再会した。これもまた、心に残る素敵な思い出となった。

叔父さんの店はブラジル人のたまり場になっていた。子どもたちはブラジルの漫画雑誌やアニメのビデオを借りに来ていた。男の人たちはブラジルのサッカーチームの話題に夢中になり、時々口論になるほどだった。一方、女の人たちは世間話やブラジルのドラマや芸能人の話。週末には、店の奥は美容室になり、一日中にぎわっていた。ほとんどのブラジル人は日本語を学ぶ時間がなく、十分に話せないので、日本の美容院には行きづらかった。「ブラジル流のカットやマニキュアがやはりブラジル人に似合うんだ」と、特に若い女性が足を運んでいた。

しかし、何と言っても、リンダの提案で設けた「出来たてほやほや」コーナーが一番の人気だった。きっかけは、ある日、日本人の主婦が「pão de queijo」1の素を買い、家で作ったが、上手に作れなかったという事からだった。

リンダはそのことが気になっていて、自分でポン・デ・ケイジョを作り、店に出してみたのだ。出来たてのチーズパンは正午には完売になった。その後、料理の種類をどんどん増やしていった。例えば、「quibe」という挽き肉とキビ粉で作った揚げ物とかパルミット2のパイ。「brigadeiro」や「cocada」というお菓子も作るようになっていた。全て評判がとてもよかった。そのうえ、全部が店にある材料を使うので、叔父さんは「リンダはワシより商才がある」と大喜びだった。

日に3回ポン・デ・ケイジョが店頭に並ぶようになってから、一人の若い男性のお客さんが毎日のように来るようになった。最初はパンを指差して、「1個」とジェスチャーで買っていたが、リンダが日本語も少し、話せるのが分かってから、日本語で買うようになった。ブラジルのことにも興味があるようで、いろいろ訊くようにもなった。

男性の名前は黒崎直太郎。いつも頭に、バンダナをしていた。初対面から、リンダは「格好いいなぁ」と思っていた。

一方、直太郎もリンダを見る度に「黒髪と笑顔が可愛い!」と、思っていた。

リンダのことを家で何気なく口にしたら、両親は顔を見合わせ、驚き、さっそくリンダの働く店を訪ねた。

実は、直太郎の家は海産物屋だった。ひとり息子の直太郎は高校卒業後、実家で修行中だった。息子が26歳になったので、親たちは縁談を考え始めた。本人は、まだ、真剣でなかったが、リンダのことを少し話した瞬間、親たちはとても喜んだ。

しばらくして、直太郎とリンダは自然と、付き合うようになっていた。そして、リンダは、初めて「黒崎商店」を訪ねた時、食べたこともなかった塩辛をなんと「美味しい!」と、言ってくれたのだ。その時、直太郎は「この人となら、一緒にやっていける」とぴんと閃いた。

結婚式は2010年の春に行われた。ちょうどサクラの花が咲くころ、リンダは、商売で忙しい中、叔母さんが心を込めて作ってくれたウエディングドレスを着て教会のバージンロードを歩いた。あまりにも美しく、まぶしいほどだった。叔父さんはリンダの父親代わりになり、感動して、涙を流してくれた。もらい泣きした人もいた。

教会を出ると、直太郎とリンダは歩いて商店街に向かった。二人にとって、特別な場所だったのだ。「黒崎商店」も「Mercadinho do Paulo」も同じ通りにあったから。その日、商店街の人たちが、店頭で祝福してくれた。そして「黒崎商店」の昔からのお客さんと「Mercadinho do Paulo」のデカセギのお客さんも一緒に祝福してくれた。

結婚後も、リンダは叔父さんの店で、働き続けた。「出来たてほやほや」の一押しはポン・デ・ケイジョの新作ポン・デ・ケイジョ・コン・カラブレッザ3だった。

直太郎もバリバリと父親と一緒に働いていた。

二人の将来の夢は小さなレストランを持つことだった。もちろん、塩辛とポン・デ・ケイジョを定番メニューにして。

注釈

1.ポン・デ・ケイジョはブラジルのミナス・ジェライス州で生み出されたパンの一種。材料はキャッサバ粉、卵、塩、牛乳、サラダ油、チーズ。水を加えるだけで簡単に作れるポン・デ・ケイジョの素もある

2.ヤシの若芽

3.ポン・デ・ケイジョの生地にカラブレッザというイタリア風ソーセージを刻んで入れたチーズパン

© 2013 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi fiction foreign workers Nikkei in Japan
About this series

In 1988, I read a news article about dekasegi and had an idea: "This might be a good subject for a novel." But I never imagined that I would end up becoming the author of this novel...

In 1990, I finished my first novel, and in the final scene, the protagonist Kimiko goes to Japan to work as a dekasegi worker. 11 years later, when I was asked to write a short story, I again chose the theme of dekasegi. Then, in 2008, I had my own dekasegi experience, and it left me with a lot of questions. "What is dekasegi?" "Where do dekasegi workers belong?"

I realized that the world of dekasegi is very complicated.

Through this series, I hope to think about these questions together.

Learn More
About the Author

Born in São Paulo, Brazil in 1947. Worked in the field of education until 2009. Since then, she has dedicated herself exclusively to literature, writing essays, short stories and novels, all from a Nikkei point of view.

She grew up listening to Japanese children's stories told by her mother. As a teenager, she read the monthly issue of Shojo Kurabu, a youth magazine for girls imported from Japan. She watched almost all of Ozu's films, developing a great admiration for Japanese culture all her life.


Updated May 2023

Explore more stories! Learn more about Nikkei around the world by searching our vast archive. Explore the Journal
We’re looking for stories like yours! Submit your article, essay, fiction, or poetry to be included in our archive of global Nikkei stories. Learn More
New Site Design See exciting new changes to Discover Nikkei. Find out what’s new and what’s coming soon! Learn More