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老いても書く喜び学ぶ -敬老引退者ホーム文章教室-

ロサンゼルスのボイルハイツにある敬老引退者ホームで昨年、ちょっと変わったクラスが開かれた。日英両語の文章教室である。同ホームには墨絵や陶芸などさまざまな趣味のクラスをはじめ、ヨガや太極拳などのエクササイズのクラス、カラオケや詩吟などの音楽関係のクラス、それに日舞やフラダンスなどの勉強会まで、合わせて30以上のクラスがあり、加えてトランプや麻雀などのゲームの時間もあって、クラスからクラスへとけっこう忙しい居住者も少なくないのだが、文章教室というのはこれまでなく、受講者らは「ためになった」「惚けの防止になる」「自分の文章を直してもらうなんて初めて。何度も『なるほど』と思った」と、一様に受講に満足気。書くということを通じて、いろいろなものをつかんだようだった。

クラスは「むかし、むかし― Once Upon a Time in My Life」というタイトルで昨年の春と秋に週1回、いずれも10週間にわたって開かれた。講師を務めたのは、春期が羅府新報の元英語部編集長でエドガー賞受賞の日系推理小説作家ヒラハラ・ナオミさん、秋期はヒラハラさんと私が共同で務め、ヒラハラさんが英語の文章、私が日本語の文章の書き方を指導した。春期のクラスを踏まえ、日本語専門の講師が必要と判断、私が起用されたという経緯がある。

文章教室の開講は、敬老のスタッフが「Poets & Writers」に連絡し「パートナーとして一緒に何かできないか」と問い合わせたことがそもそもの始まり。全米の詩人や作家らの団体「Poets & Writers」はちょうどそのころ、カリフォルニアとニューヨークに住む高齢者を対象に10週間2回のライティング・ワークショップを実施することを計画。そのための資金を「全米芸術基金(National Endowment for the Arts)」に申請する準備を始めようとしていたところで、敬老からの打診を踏まえ、同ホームを計画の共同推進団体として、講師を作家のヒラハラさんとして申請書を提出。これが通り、敬老引退者ホームでの文章教室が実現した。

春期は約10人が受講。英語を母国語とする人が多く、日本語を母国語とする人は3人ほど。唯一、英語を母国語とするロサンゼルス生まれのグレース・フジタさん(92)が日本語で挑戦しました。クラスではヒラハラさんが文章を書く際の基本を分かりやすく説明。一枚の写真を見て文章を書いてもいらったり、以前住んでいた家のことについて書いてもらいながら、①五感に訴えるように書く②会話を挿入する③直喩・隠喩をじょうずに使う―といったことを説いた。時には川柳の専門家を招いて話してもらい、川柳を作ってもらいながら、言葉の使い方について話したりもした。

秋期はやはり約10人が受講したが、日本語を母国語とする人が大半で、最年長の受講者は春期同様92歳の新宮浪さん。春期と異なり、クラスでは受講者に書いてもらった文章を匿名でテキストとして使いながら、それぞれの文章から一緒に学ぶという方法を取った。10週間を前半と後半に分けて、最初の5週間は「昨日の出来事」というテーマで書いてもらったものを使って、後半の5週間は受講者それぞれが自分でテーマを決めて書いた文章を使った。

「昨日の出来事」というタイトルの文章では、ダイニングルームで毎日食事をともにする人との時間の大切さを書いた人、教会の人々と話す楽しさについて書いた人、娘との会話について書いた人など、内容は多様だが、昨日のことを書きながらも、「戦争当時のことを話し合える」など、人生の年輪を感じさせるものが目に付く。自由題では「思い出嫌い」「敬老ホームに入居して」「遠い日の思い出」「私の生い立ち」など、それぞれ人生の豊かさが伝わる内容だ。

文章は宿題として書いてもらった。ほとんどの人が原稿用紙を使っての手書き。それを事前に全部タイプして、クラスで全員に配る。タイプ原稿には名前は入っていない。それをまず輪読。自分の文章を読むのではなく、だれが書いたか分からない状態で文章を読むわけだが、一人が読み進んでいるうちに、「あっ、これは○○○○さんだ」といった声が上がる。

輪読後、文章について気がついたことについて、全員に聞いた。ここのところの用語がおかしいという人、文法的に意味が通じないという人。そして私が解説する。

取り敢えず、句読点の打ち方から始める。そして主語と述語の照応、段落分け、用語、文法、一つの文の長さ、推敲など。エッセイのような文章を書くのは初めてという人がほとんどで、説明も念入りになる。クラスは1回1時間半。1回のクラスで取り上げることができる文章はせいぜい2、3人だった。

それでも、前半の5週間を終え、後半になると、やはり自由題で書きやすかったこともあってか、文章はがぜん良くなった。そして、最後は終業式。引退者ホームのアクティビティーセンターのステージ上でそれぞれ自分の作品を読み上げ、そのあと終業証書を手にした受講生らは、80歳、あるいは90歳になっても、一つのことをやり遂げた喜びにあふれていた。

秋期の終業式で証書を手にする受講生ら。前列中央がヒラハラさん。後列の右端と左端は終業式に臨席した「Poets & Writers」のメンバー

敬老引退者ホームのホームページに、秋期受講者の作品が一つ紹介されている。
アドレスは www.keiro.org/mukashi-toji

 

© 2010 Yukikazu Nagashima

authors Japanese Keiro (organization) Naomi Hirahara workshops writers
About the Author

Born in Chiba City and graduated from Waseda University. In 1979, he moved the U.S. He worked at California Daily Newspaper and joined the Japanese editorial team at The Rafu Shimpo in 1984. In 1991, he became Editor of the Japanese department. He left the company in August, 2007. In September of the same year, he received an award by the Consulate-General of Japan in Los Angeles. He has published a series of articles titled “Profile of Nikkei Contemporary History” in TV Fan introducing the Japanese and nikkei in America. Currently he works as an editor of “J-Town Guide Little Tokyo,” a community magazine in English which introduces Little Tokyo.

Updated August 2014

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