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マンザナーへ、そしてマンザナーから

第4回 風のように過ぎ去った1日目

ロン・パインの資料館から戻ると、キャリーさんは、私にジョッシュさんを紹介してくれました。彼は、私がマンザナーに来る数ヶ月前から、マンザナーでボランティアとして働いていました(この数日後に、彼はデス・ヴァレーにある国立公園に移り、そこでもボランティアとして活躍しました)。私は、彼から、ボランティアの仕事のひとつである、手紙などのデジタル化のやり方を教わりました。「デジタル化」と格好良く書きましたが、これは、収容された日系人が残した手書きのメモや手紙を、パソコンに打ち込むという作業でした。そして、日本語の出来る私は、とある日系二世が、一世である父親にあて、日本語で書いた手紙を英訳することになりました。

この手紙を読むことで、一世と二世の間には意思の疎通において言葉の壁があり、互いを理解することに苦労していたことを知りました。親子という関係でありながら、話す言葉、そしてものに対する考え方が異なるために、一世と二世との、埋まることのないギャップがあったのです。そのような状況にもかかわらず、一世と二世は、お互いを理解することに、最善の努力を尽くしたのです。

また、アメリカ生まれでアメリカ育ちの二世が、一生懸命日本語で書いたものだということも読み取れました。手紙を読んでいると、自分の気持ちや、自分のまわりで起きていることを父親に伝えようとした二世の姿が、私の頭のなかに浮かびあがりました。書かれている日本語はしっかりと、そして正しく書かれていました。それは、手紙を書いた二世が、必死になって日本語を習得した証でもありました。

また私は、その二世の父親である一世が、息子である二世にあてた手紙にも目を通しました。その手紙に書かれている日本語は、現代のそれとは少し違い、どこかしら古臭いものを感じましたが、非常に綺麗な日本語で書かれていました。その手紙には、アメリカ軍に入隊した息子に対して、家族の近況を、そして、家族が皆元気でいることを伝える内容がつづられていたのです。一世の父親は、ガーデナー(日本でいう、庭師にあたります)の仕事をして生計を立てて、家族を養っていました。そして、近所に住む一世や二世、そして三世の人々と助けあいながら、日々を過ごしていたのです。

さらに、私は、タイプライターで書かれた手紙のデジタル化の作業も行いました。その手紙は、とある二世の若い女性が書いたもので、長い間待ち望んでいたタイプライターが、遂に手元に届いた喜びをつづったものでした。マンザナーなどの各地の収容所では、生活物資の不足が、プライバシーがなかったことに加えて、とても深刻な問題でした。日々の生活において、最低限必要なものでさえ、不足していたのです。その手紙には、このようなことが書きくわえられていました。「タイプライターがあるのはうれしいけれど、紙がないから困っている!」。私は、はじめ、彼女のこの言葉に苦笑しましが、その後すぐに、ことの深刻さに気がつき、悲しくなりました。

これらの手紙通して、私は、日系人の戦時中の体験をより一層理解することが出来ました。大学の講義では、主に教科書などの書物を通して日系史を学びますが、「生」の日系人の歴史に触れる機会が限られています。しかしながら、実際に日系人によって書かれた手紙を読み、その内容を読みとることによって、私は「生」の日系人の歴史に触れることが出来ました。

夢中になって、手紙を読み続けていると、キャリーさんの声がしました。私を呼んでいたのです。彼女は、「今日は、朝早くから車を運転してここに来たでしょう。もうすぐ5時だから、今日はこれであがっても良いわよ。」と優しく言ってくれました。朝早くにオレンジ郡を出発し車を走らせてきた私は、次の日に向けて体を休めるために、少し早めに帰宅しました。

帰宅後、私はインディペンデンスの街にある、小さなスーパーマーケットで買った缶詰をあけて、夕食を食べました。その後、ラップトップの電源をつけて、教授への提出物であるレポートを書きました。

インディペンデンスは、とても静かな街です。自分の耳にはいってくる音は、近くにいる犬の鳴き声と、ラップトップが動いている音、そして自分のタイピングの音だけです。ラップトップの画面に、1日の出来事、そして自分の思ったことを、私は少しずつ書いていきました。

タイトルの通り、私のマンザナーでの1日目はあっという間に過ぎ去っていきました。実習生としての第1日目の私の収穫は、期待以上のものでした。この日読んだ手紙は、当時の収容所での生活を垣間見ることができただけでなく、私に日系史の研究に対するさらなる意欲や、将来性を与えてくれたのです。この夜、生まれて初めて、たくさんのことを勉強することが出来た私は、うれしさと感謝の気持ちでいっぱいでした。

(次回に続く)

 

© 2010 Takamichi Go

internship manzanar

About this series

2002年にアメリカへ留学し、『さらばマンザナール (原 題:Farewell to Manzanar )』との出会いで、日系史に目覚めた郷崇倫(ごう・たかみち)氏による、コラムシリーズ。自身の体験談を元に、日系史について語ります。

(* Signature image from Wikipedia.com by Daniel Mayer. )