「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

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第10回 第二章、同じ境遇の友との再会

二年間の服役を終えて、イチローはシアトルのわが家に戻る。しかし、その帰郷はまったく心休まるものなどではなく、戦争に行かなかった者への冷たい視線を感じた。一方、日本が負けてはいないと信じる母親への憎悪は募り、その母と日本に背けなかった自分とは何かと問い苦しむ。


狂気だと、母への憎悪が爆発

二章では、一章につづき母に対する怒りと苛立ちが描かれる。戦死した日系人のボブとその母を、日本人ではなくなっため罰をうけたのだと非難する母に対して、イチローはあえて問う。そして母が答える。

「もしおれが軍に入ってボブみたいに撃たれたらどうなるんだ?」

「そのときは、私も死ぬだろうね」

「おれみたいに死ぬのかい?」

「そう、おまえがアメリカの軍隊に入るときに私も死ぬよ。アメリカの軍隊に入るって決めてもだよ。おまえが日本人であることをやめて、アメリカの軍隊に入ろうって気を起させるような気になっても私は死にますよ ...

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第9回 第一章、戦争が終わり、刑務所から故郷へ  

全十一章からなる「ノーノー・ボーイ」の第一章は、戦争が終わって刑務所から出て来た主人公のイチロー・ヤマダが、故郷のシアトルに戻って来たところからはじまる。徴兵を拒否して、二年間服役していた彼が、その二年間の重みを背負いながら家族と再会する。著者は、そのなかで主人公の抱える問題の本質をまず浮かび上がらせる。

自分の意志でしたこととはいえ、なぜ徴兵を拒否してしまったのか、誰のためなのか、誰のせいなのか、自分はいったい何をしようとしたのか、あるいはしたかったのか、いったい何者なのか・・・。さまざまな自問をイチローは抱えている。


母との葛藤

25歳になったばかりのイチローが、バスでシアトルのまちに着く。二年間は収容所、二年間は刑務所にいたので四年ぶりの帰郷だ ...

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第8回 パールハーバーの波紋~序文から読む

アメリカのオバマ大統領が広島を訪問することが明らかになった。日米開戦によって複雑な立場に置かれたアメリカの日系人は、このことをどんな思いで受け止めたのだろうか。

振り返れば、開戦後に収容所へ送られたこと。そのなかからアメリカ軍の軍人として戦地に赴いた多くの人がいたこと。少数ではあったがアメリカへの忠誠を拒否した人もいたこと。日本とアメリカの間で多くの日系人が生活を、そして心を揺さぶられた。

すべては1941年12月7日(日本時間では8日)、日本軍によるハワイのパールハーバー攻撃からはじまった。

「ノーノー・ボーイ」は、主人公イチローの物語がはじまる前に、その背景を語る序文がついている。開戦直後の日系人をとりまく社会の混乱や日系人の反応を、いくつかの事例(フィクション)によって読者に示している。

序文はこうはじまる。

「DECEMBER THE SEVENTH ...

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第7回 ジョン・オカダの歴史

「ノーノー・ボーイ」の著者、ジョン・オカダとはどのような人物なのか。プロフェッショナルな作家として有名だったわけではなく、彼について残された記録は多くはない。

その経歴については、ルース・オゼキによる新版の序文のほか、昨年出版された「Art, Literature, and the Japanese American Internment: On John Okada's No-No Boy」(Thomas ...

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第6回 新版の序文から

一昨年アメリカで出版された、新版の「No-No Boy」には、これまでになかった新たな序文がつけられた。1957年のオリジナルは小説のみで、1976年の復刊にあたっては、そのいきさつなどをまとめた序文とあとがきが加わり、新版でさらに新版用の序文がついたことになる。

解説的に後ろにまとめて掲載されるのではなく、これだけいろいろなものを前後につけて構成されると、小説としては読みにくいと思われるかもしれない。しかし、新版にあたっての新たな序文がこの作品の今日的な意味を説き、また新たに明らかになったこともあり、その意義はあるだろう。

序文を書いたのは、日系アメリカ人の女性作家のルース・オゼキ(Ruth Ozeki)である。2013年に発表した小説「A ...

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