「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

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第15回 七章、良心ある白人との出会い

日米間の戦争という事情ゆえ、アメリカの日系人はアメリカ社会で全体として迫害をうけるが、その背景には人種的な偏見があり、この問題をどうとらえるかを、「ノーノー・ボーイ」のなかで、ジョン・オカダは随所で示している。

そのほとんどが、白人社会からの差別の実態とそれに対する苛立ちである。しかし、差別や偏見のない、「アメリカの良心」のような存在も一方でオカダは登場させている。それが、七章に出てくる、キャリックというエンジニアリングの会社を経営する白人男性だ。

物語を振り出しにもどすと、刑務所を出てシアトルに帰って来たイチローは、複雑な気持ちで狂信的な日本への愛国心を示す母と、頼りない父と、徴兵を拒否したイチローや母親に反発する弟のタローのいる家族のもとへ帰る。

それから、同じ境遇の友人フレディーに会い ...

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第14回  六章、死を予感するケンジの悲しみ

著者のジョン・オカダが、心優しい日系人家族の姿を、美しくも悲しく描く印象的な章が、物語も中ほどにさしかかった第六章だ。

戦争で片脚を失ったばかりか、傷んだところが悪化してきたケンジは、シアトルから再びポートランドの復員兵病院へ行くことになる。これまでとちがいもう二度と戻って来られない予感がするケンジは、家族に別れを告げる。


一世の父の後悔

母はかなり前に亡くなり、父が長い間職人として男手ひとつで3男3女を育ててきた。アメリカで一旗揚げようとやってきた一世の父は必死に働き、その結果子供たちは二世として立派にアメリカ社会で生きている。

子供たちは父を敬い、父はまた子供たちを誇りに思っているこのほのぼのとした家族は、みんなケンジのことを案じていた。ケンジも傷ついた自分に対する家族の心遣いを十分理解していた。

とくに、父が自分のことを愛し心配していることは痛いほどわかっていた。多くの日系アメリカ人の若者が「日系」であるがゆえに、アメリカ人である証しを立てようと戦地に赴き傷ついたことを考えれば ...

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第13回 五章、日本からの手紙

イチロー・ヤマダの母は、戦争が終わっても日本が負けたことを信じられずにいる。その頑迷さと狂信性にイチローは腹を立て、同時にそんな母の間違いを正さず、あたらず触らずの態度をとっている父の態度にも腹を立てていた。

五章では、この母に対して初めて父が、正気に戻るように迫る姿が描かれる。母のもとには、日本で暮らす姉や親せきから、戦争によって生活が苦しく物的な援助をしてもらえないだろうかという悲痛な手紙が届いていた。

しかし、母はこれらの手紙はすべて仕組まれたものであって、ほんとうに姉や親戚から来たものではないと言って、読むことすら拒否していた。父は仕方ないと思っていたが、度重なる手紙に、先方への同情と母を立ち直させるために、珍しく毅然とした態度で母を呼びつけ読むよう強く迫った。

それでも拒否した母に対して、父は母の目の前で読んで聞かせた。イチローはそばにいて、これで何かが変わるかもしれないと期待して見守っていた。

父は手紙の内容を声に出した ...

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第12回 第四章、傷ついた心のエミと出会う

前向きな姿勢と良心

主人公イチローの友人で、戦場で片脚を失ったケンジにつづいて第四章では、印象的な存在として著者は女性であるエミを登場させる。同じ日系人であり若く魅力的な存在である彼女もまた、心に傷を負っている。

エミは、同じ日系人のラルフと結婚しているが、戦争が終わっても夫のラルフはヨーロッパで軍務についたままアメリカに帰国しようとしなかった。それは、兄のマイクの存在を恥じてのことだった。イチローの弟タローが、アメリカに背を向けた兄の行為を恥じるのと同じ理由からだ。

マイクは、第一次大戦にアメリカ軍に従軍した経験をもつほどアメリカ国民として生きてきた。しかし、日米開戦後のアメリカ政府に対する自分たち日系人への措置に激怒して、一転して反アメリカの立場をとり、収容所に入れられ、最後はなんの馴染みもない日本へ行ってしまった。

同じように、アメリカにいたエミの父親も強制送還を希望して日本へ行ってしまった。イチローの母親同様に、日本が負けるはずがないと信じていたからだった。しかし実際は ...

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第11回 第三章、片脚を失った友との再会

著者のジョン・オカダは、主人公イチローの心の葛藤を描き、同時に人間社会のさまざまな問題を読者に考えさせる。その葛藤は家族をはじめ、彼が関わっていく人間とのふれあいのなかで生まれる。

こうした人物のなかで、この章から登場する友人のケンジの存在は物語にとって非常に重く、重要になっている。


かつて学んだ大学を訪ねてみたが…… 

前章で、自分と同じ“ノーノー・ボーイ”の友人、フレディーに会ったイチローは、刹那的に暮らしているフレディーもまた、彼なりの闇を抱えていることを知り彼と別れる。

「いつか自分にも再び居場所ができるだろう。家を買い、家族を愛し、息子の手を取って通りを歩き、人々は立ち止まり自分たちと天気や野球や選挙について話をするだろう。」

そう楽観的に考えもしたイチローは、なにげなくバスに乗り ...

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