「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。

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第20回 新たな訳で日本で出版

新たな日本語版『ノーノー・ボーイ』が、来月ようやく出版されることになった。出版社は旬報社(東京都文京区)で、労働や福祉を中心に社会問題や生活にかかわるテーマの本を出版している会社である。これまで英語版は18刷りで15万部を超えるロングセラーになっている。翻訳もかつて出されたが、ここ10年ほどは日本語では読めない状況がつづいていたので、日本の読者へ久しぶりに装いも新たに、届けることができるようになった。

本の装幀を手がけた河田純氏は、翻訳原稿を読んだあとで「これは相当な作品である」と、主人公イチローの物語に感動しイメージを膨らませた。表紙のイラストは横山明氏による。小説の舞台となったシアトルのジャクソン通りあたりを彷彿させる、繊細で炭色のタッチが非常に味わい深い。

タイトルが英語で大きく「NO-NO ...

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第19回 第11章(終章)~希望の兆しなのか

戦争が終わって故郷のシアトルに帰って来たイチローのその後数日を周囲の人間とのかかわりなかで描いた「ノーノー・ボーイ」は、イチローの内面の独白が軸になっていて、物語性は強くはない。それでも、イチローが苦悩しながらどんな生き方を見つけていくのか、苦悩から抜け出す道はあるのだろうかと読む者は考える。

最終章では、事件は起きるが、なにかが解決したとか、苦悩が解消していくといった感情の浄化のような出来事が起きるわけでもない。だが、最後にオカダが語るように、かすかな光が、主人公の内面に射し希望の兆しが示唆される。物語は安易に閉じることはなく、著者が投げかけたボールはそのままずしりと読者のグラブにおさまったままになる。


クラブ・オリエンタル

最終章の舞台は、物語の序盤に戻り、シアトルの日本人町があったジャクソン通り界隈になる。戦争によってすっかり姿を変えてしまった猥雑なところで ...

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第18回 第十章、人種差別に向けられるオカダのなまざし

アメリカのなかの日本人と黒人

日系人はアメリカ社会ではマイノリティーであり、移民当初から人種的な偏見にさらされてきた。同じようにマイノリティーとして中国をはじめアジア系のアメリカ人やユダヤ人、メキシコ人、ネイティブアメリカンも差別や偏見に遭ってきた。

こうした人種の問題について、オカダは、イチローの目を通して語っている。そのなかでも黒人に対しては、複雑な思いを寄せているのがわかる。

第一章のなかでまず、シアトルに帰って来たイチローは、かつての日本人町の繁華街で黒人から「ジャップはトーキョーへ帰れ」と、罵声を浴びせられる。この声を、オカダは迫害されてきた者たちが今度は別の者を迫害するという。

だが、あとの章では、日本人よりもっとひどい差別を受けている話をとりあげて、黒人に同情の目を向ける。おなじ差別される者のなかでも、さらにその枠の外に黒人がいるといった位置づけのようだ ...

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第17回 第九章、葬儀、そして再出発

シアトルの中の日本と“お寺” 

日本人移民の古い歴史を持つシアトルには、かつて日本人町が形成され、日本のコミュニティーにあるようなものは、ほとんど形をそろえていた。1903(明治36)年に渡米した永井荷風は、「アメリカ物語」のなかで、最初の寄港地であるシアトルの街のようすが、日本のまちと少しも変わらないと驚いている。

これらの中には、日本から持ち込まれた宗教(仏教など)もあり、日本的な寺院も建設されていく。シアトルでは移住当初、移民はキリスト教に影響をうけたが、1901年にシアトル仏教会(浄土真宗西本願寺派)が設立された。

「米國日系人百年史」(1961年 ...

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第16回 第八章、友の死、母の死

小説「ノーノー・ボーイ」は、物語の後半に入り、大きな山場を迎える。主人公イチローの母と、親しい友人ケンジが相次いでこの世を去る。八章では、この二つの死が同時に登場する。著者のジョン・オカダは、二つの死をどう描いたか。

戦争で片脚を失い、さらにその傷が悪化し、ポートランドの復員兵病院に入院したケンジ。友を見舞ったイチローは、現地で職探しをしたが結局は、シアトルにもどることにした。ケンジに頼まれたように彼のオールズモビルを運転し、ケンジの実家に届けた。

そこで、やさしい父親に会ったイチローは、病院でのケンジの様子などをあれこれ尋ねられる。最初は ...

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