南米の日系人、日本のラティーノ日系人

日本在住日系アルゼンチン人のアルベルト松本氏によるコラム。日本に住む日系人の教育問題、労働状況、習慣、日本語問題。アイテンディティなど、様々な議題について分析、議論。

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Carlos Kasuga, um exemplo de líder nikkei nas Américas

Qualquer dirigente nikkei no continente americano conhece em pessoa ou ouviu falar do Sr. Carlos Kasuga, seja devido ao seu sucesso como empresário no México ou às suas atividades institucionais na Associação Panamericana Nikkei. Ainda assim, não são muitos aqueles que conhecem a história da imigração japonesa para o México. De acordo com a Enciclopédia dos Nikkeis do Continente Americano1, tudo começou com Enomoto e sua expedição de colonização a Chiapas em 1897. Enomoto é uma figura interessante, pois havia sido ministro das Relações Exteriores durante o ...

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ラテンアメリカにおける日系人の政治活動 ― その2

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今年6月、愛知県立大学で開催されたラテンアメリカ学会1で、上智大学大学院の長村裕佳子会員は、「ブラジル軍事政権下における日系政治家のボジショナリティーとキャリア戦略」について興味深い発表を行った2。その発表によると、戦後、ブラジルでは日系人の地位向上や社会進出を公約に掲げる日系二世や三世の政界進出が相次ぎ、日系有権者が多い地方の選挙区では日系人だけの票で当選する候補者もいたという。しかし、州や連邦レベルになると、非日系有権者の票を獲得しないことには当選できず、再選には知名度と実績が求められるため、日系候補者も幅広い層から支持を得ることが重要になる。そのため、日系候補者は、しだいに日系コミュニティだけではなくブラジルのために政治に関わっていることを強くアピールするようになったという。

事実、1970年代頃は、当時の年配の一世や二世が支持する日系候補者が当選していたが、1980年代になると、必ずしも日系社会の意向を反映した日系候補者が当選するとは限らなくなった。これは ...

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ラテンアメリカにおける日系人の政治活動 ― その1

ラテンアメリカでは、以前は多くの国で独裁政権が誕生したが、ここ30年の間、政治不安を抱えながらも民主化が進んだ。しかし、選挙によって樹立した「民主的な政権」でも、野党の活動が制限され、政治家を監禁もしくは投獄している国はいくつもあり、未だに政治的暴力が行われている。そのせいか、日系社会では以前から日系人の政治活動に対して慎重論が強い。戦後の民族主義的、軍事政権の時代には、その傾向が強く政権側の要職は歓迎されても、野党もしくは反政府の政治活動はタブー視されていた。実際、私も高校生の時、大学で政治学を専攻したいと親へ話をした時、猛反対されたことを今も覚えている1

南米では、表向きは民主的な政治が行われていても、裏では暴力が存在し ...

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ローマ字表記の日本「食と店」

世界では、日本食ブームが始まる前からある程度知られていた「sushi」、「tempura」、「yakisoba」、「yakitori)」等以外にも、「onigiri」、「dorayaki」という言葉もローマ字表記して見かけることが多くなった。 日本の食材やメニューで使われることはもちろんのこと、最近では親しみやすさやイメージ性を込めて店や会社名に使用されることもある。

ここ数年南米では、日系社会の中だけでなく、一般の非日系人によるイベントなどでもこうしたローマ字表記の日本語が違和感なく使われているのを目にする機会が多くなった。意味不明の日本語のワードやフレーズがプリントされたTシャツは、今でも世界各地で売られているが、最近ではスペイン語やポルトガル語とマッチングした日本語が使われた商品も多くなっている。

以前は「MISTURA(創作、多様性のミックス、という意味)」というペルー最大のグルメフェアに参加していたリマの日系和食レストランのオーナーたちは、2017年の11月 ...

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大学で出会った日系子弟

南米からの「日系デカセギ労働者」は1980年代後半から来日し始め、1990年の入管法改正以降大量に入国するようになった。当初は単身でくることが多かった日系人たちも、次第に日本長期滞在を考えるようになり、家族を呼び寄せたり、日本で家庭を築くようになった。そのため、日本の学校に通う子弟も増え、2005年頃から外国人支援窓口では高校進学の相談が増えている。 

同じ頃、日系人、主にブラジル国籍の子供たち(小学校と中学校)の未就学問題が話題になった。未就学児童増加の背景として、憲法26条1が定めている義務教育の権利と義務規定が外国人には適用しないことがあげられるが、外国人が集住している自治体や民間団体は積極的に彼らの就学をサポートしている。例えば、教育委員会は通訳員や教員をサポートするスタッフを派遣したり、父兄とのコミュニケーションを少しでもスムーズにするため、よく使用される資料 ...

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