Alberto J. Matsumoto

Nisei Japanese-Argentine. In 1990, he came to Japan as a government-financed international student. He received a Master’s degree in Law from the Yokohama National University. In 1997, he established a translation company specialized in public relations and legal work. He was a court interpreter in district courts and family courts in Yokohama and Tokyo. He also works as a broadcast interpreter at NHK. He teaches the history of Japanese immigrants and the educational system in Japan to Nikkei trainees at JICA (Japan International Cooperation Agency). He also teaches Spanish at the University of Shizuoka and social economics and laws in Latin America at the Department of law at Dokkyo University. He gives lectures on multi-culturalism for foreign advisors. He has published books in Spanish on the themes of income tax and resident status. In Japanese, he has published “54 Chapters to Learn About Argentine” (Akashi Shoten), “Learn How to Speak Spanish in 30 Days” (Natsumesha) and others. http://www.ideamatsu.com

Updated June 2013

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Os nikkeis da América Latina e os nikkeis latinos

日本の日系アルゼンチン人とは〜他の日系人とデカセギから抜け出せるか-その2

その1>>

2010年末、「日系人労働者は非正規就労からいかにして脱出できるのか〜その条件と帰結に関する研究」という調査報告が、全労済協会から出版されたが、そこにはアルゼンチンの日系デカセギ労働者についてかなり詳しい考察がある1

この調査では、国内外300人以上に聞き取り調査しており、アルゼンチンの日系社会で生まれ育った私にとってもかなり興味深いものである。

調査を実施した稲葉と樋口は、日本にデカセギに来た者たちの学歴はそれほど高くなく、日本語の理解力は多少高いとはいえ読解力が不十分なためスキルアップには限界があるとも指摘しているが、私もその通りだと思う。大卒が全体の一割とみているが、現制度(入試なし、無償)では大学進学率が50%以上だが、実際に卒業しているのは国立大では全体の2割ぐらい、私立大をみると入学者の3〜4割である。

ブエノスアイレス市やその郊外には ...

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日本の日系アルゼンチン人とは〜他の日系人とデカセギから抜け出せるか-その1

日本で、南米日系デカセギ就労者というとほとんどがブラジル及びペルーの日系人を連想するが、同じ時期に同じような経緯によってアルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、コロンビア等からも来日している。

アルゼンチンに関しては、軍事政権から民政になり政治不安は収まりつつあった1983年頃、経済的には他の国々同様、高いインフレ率と失業率で衰退していたため、米国をはじめ、スペインやイタリアに出稼ぎに行った。

この時期、アルゼンチンの日系社会も、それまで多くの者が従事してきた花卉栽培やクリーニング業が大きな転換期を迎えていた。

花卉(観葉植物も含む)・野菜栽培では、コロンビアや近隣諸国からの輸入が容易になり激しい競争にさらされ、規模の拡大か温室栽培といった高額投資の必要性に迫られていた。一世の多くは、JICA国際協力事業団から円建てで融資を受けていたが、インフレで下落したペソでドルを買い、円高になっていた円で返済することが事実上不可能になり、「デカセギ ...

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「移民になったデカセギ日系人-未来への展望」〜生活相談員セミナーのパネル・ディスカッションに参加して〜

今年も、公益財団法人海外日系人協会によって「在日日系人のための生活相談員セミナー」が2月に開催され1、全国の行政機関やNPO法人等で外国人相談業務に従事している職員やスタッフがこの研修会に参加した2。厚労省外国人雇用対策課の山本課長が日本の雇用情勢と日系人対策について、同省国際年金課の小澤課長補佐がブラジルとの社会保障協定について、文科省の担当者は定住外国人の子どもの教育について、そして法務省の担当者は7月9日から施行されている新在留管理制度について、各位がプレゼンテーションを行った。

最新の統計や法改正等を一度に把握することができるこのセミナーは、相談員にとても重宝されている。今回は、私も、昨年の参加者の要望もあって、ブラジルの二宮教授3、ジャーナリスト兼大学教授のアンジェロ・イシ4と共にパネルを組む機会に恵まれた。

話された主な内容は資料として配布されたが、私はここで改めて今回のセミナーで話された3つの問題点を取り上げたいと思う ...

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日系コミュニティーのエスニックビジネス、デフレとの戦い

今年の3月、『日系ビジネス』という経済誌(Nº1634, 2012.03.26, 26~42頁)にデフレの特集記事があり、そこにはあまり何でもかんでも安くするとそれによってすべてが破壊されると指摘されていた。この15年間で、日本はGDP国民総生産の11%を失い、非正規雇用も22%から35%になり、平均賃金も12%減少し、結婚も798,000組(2000年)から670,000 ...

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Os nikkeis da América Latina e os nikkeis latinos

Nikkei and War: 30 Years After My Participation in the Malvinas War

Migration from Japan officially began more than 150 years ago, starting with Japanese arriving in Hawaii, the United States, and Canada, and later Peru and Brazil just over 100 years ago. During that time, Japan has faced several wars, notably with China (1894-95), Russia (1904-05), and several Asian countries as a result of the imperial occupation that began in the 1920s. And finally, World War II, a grueling conflict with the United States. Each of these events brought a great deal of uncertainty and misery to Japanese migrants.

In the late 1930s, there were about 300,000 Japanese and Nikkei ...

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