Ryusuke Kawai

ジャーナリスト。慶應大学法学部卒。毎日新聞記者などを経て独立、ノンフィクションを中心に執筆。「大和コロニー『フロリダに日本を残した男たち』」(旬報社)、「『十九の春』を探して」、「122対0の青春」(共に講談社)など著書多数。日系2世の作家、ジョン・オカダ著「No-No Boy」の翻訳を旬報社より出版。

(2016年1月 更新)

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世界のなかの日本と世界

フロリダの日本庭園とコスプレ-その2

その1>>

入植当時のフロリダに思いを馳せながら

その日は金曜日ということもあって、空港内のレンタカー・カウンターは長蛇の列。待つことおよそ1時間余、ようやく三菱のセダンで空港を出たのは午後3時半を過ぎていた。この時期のフロリダにしては、それほど暑くはなくさわやかな陽射しがふり注いでいる。

デルレイ・ビーチまではすぐにハイウェイ95号にのって北上した方が時間はかからないのだが、リゾート地として名だたるフォート・ローダーデールのまちを見ようと、まずは海岸沿いを走るA1Aという道に出て、道路の両側につづく南国情緒を醸し出すパームツリーの間を走る車の列に加わった。右には砂浜と薄い青緑の海が見え、左にはホテルやレストランが建ち並ぶ。どちらにも人があふれていた。

この時期は学生にとってはスプリング・ブレイク(春休み)で、各地から学生たちがフロリダを目指してやってきて騒ぎ、楽しむのは長年の慣習になっていた。なかでもデイトナ ...

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世界のなかの日本と世界

フロリダの日本庭園とコスプレ-その1

アメリカのフロリダ州と聞いてなにを想像するだろうか。暖かい気候に包まれたビーチリゾートか。それともときどき訪れるハリケーンか。いや、最近ならニュースにもよく登場したケネディー宇宙センターかもしれない。最南端にあるキーウェストと文豪ヘミングウェイを思い浮かべる人もなかにはいるだろう。

そのキーウェストからさらに南のキューバまではわずか90マイル(145キロ)。東は大西洋、西はメキシコ湾に面した半島の形をした州は、同じアメリカの諸州のなかで日本からはもっとも遠く感じる。かつて移民としてアメリカに渡った日本人もほとんどが西海岸に集中しており、それに比べれば東部にはその足跡は少ない。

まして、南のフロリダにはそんなものはないだろう、多少アメリカに詳しい人や移民を研究している人でもそう思かもしれない。しかし、実はこの半島南部にかつて小さな日本移民のコロニーがあり、それがもとになっていまでは立派な日本庭園とミュージアムがあるのだ。

フロリダにヤマト・ロード?

いまから24年前、私はフロリダの大西洋岸中部に位置するデイトナ・ビーチというまちで1年間暮らしていた。あるとき半島を南北に走るハイウェイ95号をマイアミまでドライブして南下した ...

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戦争によって、二つの祖国で彷徨う魂~ノー・ノー・ボーイを探した先にみえるもの-その3

>>その2

フィクションに事実から光をあてる

監督でありプロデューサーでもあるフランク・アベは、51年生まれの日系三世。両親は帰米二世で福岡県での生活経験もあり、その意味では日本とのつながり は強い。父親は10代のころ収容所にいた経験をもつ。アベ自身は、現在は地元キング・カウンティー郡政府のコミュニケーション・ディレクターをしている。

彼が最初にこの小説と出会ったのは73年で、その後CARPのメンバーと出会い、この小説と深く関わるようになり、しばらくしてシアトルに移った。 「ノー・ノー・ボーイ」と呼ばれた人々をはじめ二世の気持ちを理解したかったという彼は、2000年には戦時中に徴兵を拒否した日系人を取り上げた 「Conscience and Constitution ...

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戦争によって、二つの祖国で彷徨う魂~ノー・ノー・ボーイを探した先にみえるもの-その2

>>その1

出口のないトンネルを彷徨うイチロー

小説「ノー・ノー・ボーイ」は、こうした戦中、戦後の日系人の置かれた状況を背景にして、自らノー・ノー・ボーイの道を選んだ、日系二世の青年を主人公と して、彼の内面の葛藤を追っている。名前はイチロー・ヤマダ。現在、シアトルを本拠地に大活躍するメジャー・リーグ・プレイヤーのイチローと奇しくもその 名前は同じだ。が、マリナーズのイチローが生き生きとした大ヒーローであるのに対して、小説のイチローは出口のないトンネルに入ってしまったような息苦し ...

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戦争によって、二つの祖国で彷徨う魂~ノー・ノー・ボーイを探した先にみえるもの-その1

この夏、アメリカ西海岸のまちシアトルで、「In Search of No-No Boy(ノー・ノー・ボーイを探して)」という短編映画が仮上映された。作品のもとになった同名の小説は、戦時 中のアメリカで生きる日系人の苦悩を描きいまも読み継がれるアジア系アメリカ人文学の代表作。映画制作にあたった日系三世フランク・アベの話を含め、小説 に込められた時代を超えた普遍的なテーマについてシアトルを訪れ考察してみた。(敬称略)(*注:本稿は2008年に書かれたものです。)

「ヒロシマナガサキ」を制作したスティーブン・オカザキ、「TOKKO ...

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