Saori Kato

神奈川県横浜市出身。母親が奄美の加計呂麻島出身の奄美2世。2009年からJICA横浜海外移住資料館展示ガイドを務め移民史に興味を持つ。2014年3月神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科修士課程修了。2015年から一年間、ブラジル国サンパウロ大学大学院留学。現在は神奈川大学大学院博士後期課程在学中。奄美移民をテーマに研究を行っている。

(2019年1月 更新)

migration ja

サンバの国でキバランバ! ~ブラジル奄美移民100年の軌跡~

第1回 大高の記憶、鮮やかに ~ 篤常重さん(名瀬出身)

1908年、日本人がブラジルへ集団移住を始めた。10年後の1918年、鹿児島県奄美からもブラジルへ渡る人々が現れた。2018年はそれから100年目に当たる。筆者は2018年2月25日、奄美文化センターで開催された「奄美市まなび・福祉フェスタ」に奄美からブラジルへ渡った人々を紹介するため、「奄美ブラジル移民談話会」と称し、ブラジル在住の奄美出身者のインタビュー映像やパネル展示を行った。 「親戚がブラジルへ行った」「近所にブラジルから帰国した人がいる」など、ブラジル移民を身近に感じている感想がある中、ある来場者からの「奄美でもあったんだ、ブラジル“棄民”」という感想が気になった。 ブラジル移民は“棄民”だったのか。奄美ブラジル移民100年の節目の年にもう一度ブラジル移民とは何であったのか、奄美の視点から考えてみたいと思った。 * * * * * 篤常重さん(76)=奄美市名瀬出身=は15歳の時に家族でブラジルへと渡った。篤さんの兄が親戚の構成家族としてブラジルへ渡ろうとしていたが、父が「もしお前がブラジルへ行くなら俺が退職してでも一緒に行く」と言い、仕事を辞め、一家でブラジルへ渡ることにした。当時、篤さんは大島高校(奄美市名瀬、通称“大高”)に入学したばかりだったが一学期で大高を中退しなければならなか…

continue a ler