Hitomi Kato

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。ニューヨーク市立大学シネマ・メディア・スタディーズ修士課程を経て、2019年より北米報知社編集スタッフ。元バリスタの経歴が縁でシアトルへ。現在 シアトルまでフェリーで通勤中。

(2019年9月 更新)

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キャバレー・シンガー/ライター、トシ・カプチーノさん

ニューヨークを拠点に、ひとり舞台のキャバレーショー公演を世界各地で行うトシ・カプチーノさん。ゲイであることを公表し、2014年には日本人として初めてニューヨーク州で同性婚を果たしました。「今がいちばん充実している」というトシさんに、その波乱万丈の半生と、人生を豊かにする秘訣を聞きました。

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いつも隠してビクビクしていた

小さな頃からずっと歌手になりたかった。僕は「スター誕生」出身なんです。福岡県大会で優勝しましたが、残念ながら決勝大会でプラカードは上がらなくて。諦められずに上京して、新宿、横浜、それから横須賀や厚木の米軍基地なんかでも歌っていました。1980年代のことです。

当時、自分がゲイであることが自分の中でネックだった。カミングアウトは御法度で、バレちゃうと生きていけないような社会でしたから ...

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INTERVIEW: Emi Meyer, Singer-Songwriter - Part 2

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Live Concert in Volunteer Park

She arrived in Seattle just before her performance this time. “I was struggling with how to bring the band members together,” she says. “I hadn’t brought any budget from Japan. How were we going to blend in a live Seattle performance?” Emi decided it was best to work with Seattle area jazz musicians. She decided to ask her piano teacher and sometime consultant Bill Anschell to choose her bandmates. Coincidentally, all the members were born and raised in Seattle. “It was just right for this event” Emi says. “Bill is very ...

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INTERVIEW: Emi Meyer, Singer-Songwriter - Part 1

シンガーソングライターのエミ・マイヤーさんは、京都生まれ、シアトル育ち。デビュー10周年を迎えた今年は、7月にシアトルで約7年ぶりとなる凱旋公演を行いました。妊娠、出産を経てカムバックしたエミさんに、これまでのこと、これからのことをじっくり語ってもらいました。

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人との出会いが 新しい世界への扉

シアトルで過ごした日々
エミさんが生まれたのは、ワシントン大学大学院で美術史研究をしていた母親が、1年だけのフルブライト奨学金プログラムで京都に滞在していた時のことだ。「だから、シアトルには本当に生まれてすぐ帰って来たんです。最初はバラードに住んでいて、バラード・ロックスがすごく好きだったのを覚えています。散歩をして、公園で土遊びをしたり草で遊んだり。そんなバラードでの自然との思い出が、シアトルでの最初の記憶ですね」

シアトル・アジア美術館に勤める父親の影響で、絵を描くことも好きだったというエミさん。家族3人での旅行ではいつも、父親と同じテーマで一緒に絵を描いていた。「クリスマスや正月は日本で過ごし、スペインやイタリアにも行きました。10歳頃の私の絵って最高なんですよ。自由で、描き方とか全然気にしてない。子どもってすごいなあって感心します。シアトルでは、いろんなアート・クラスを受講しました。完全に趣味だからプレッシャーもなく、思いのまま楽しんでいました」


︎現地校、補習校に通いながら、シアトル生活を満喫する6歳の頃
ピアノを習い始めたのは6歳の時。ベルビューでレッスンを受けていた。「先生はもう亡くなってしまったんですが、私にとってはおばあちゃんみたいな方。こうしなさいとか、ああしなさいとかではなく、自分らしさを引き出してくれる先生でした。大好きなのはドビュッシー。曲がすごくカラフルなんです。夢中になって弾いていました」

平日は現地校に行き、土曜日だけシアトル日本語補習学校に通っていた。エミさんは、現地校での自分と補習校での自分では、性格が違うと感じていたと告白する。「補習校にはハーフやミックスの仲間がいたので、あまり緊張することもなく、社交的に振る舞えたんです。だけど現地校では、ほかの子たちがすごく強くて、私はシャイになっていた。誰とでも仲良くはできても、本当の仲間っていうのがいなかったように思います」

自分の居場所がよくわからないまま、ずっと「私ってふたりいるのかな」と、違和感を持ち続けていたエミさん。その「ふたりの自分」を統一する役目を果たしたのがピアノだった。ピアノを弾く間は、どんな人にならなきゃいけないのか、何を言いたいのか、そういう問題が全部消えて、ピアノに集中できた。また、そのパフォーマンスは、現地校でも補習校でも評判となる。

ピアノの前に座っていれば、
自分の居場所があると感じられた

ピアノを弾き始めた5歳当時のエミさん
「ピアノがあれば、自分をカッコ良く見せるとか、もっとアウトゴーイングにならなきゃとか考えなくても、みんなに受け入れてもらえる。こういう風に人と触れ合えるんだって。それが、私の音楽との関係でした。ピアノの前に座っていれば、自分の居場所があると感じられたんです」。エミさんは音楽を通して、自身のアイデンティティーを見出してきた。「日本人なのか、アメリカ人なのか、白人なのか ...

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インタビュー: シンガーソングライターKISHI BASHIさん

いつもユニークでいたい 独創的な音を求めて

エレクトロニックなオーケストラ・サウンドと、豊かな高音の歌声、そして日本語を織り交ぜた独特の詞の世界観で、全米で人気を博すKishi Bashiさん。6月16日には、故郷シアトルで凱旋ライブを行いました。ニューアルバムに込めた思いや創作秘話を、ソイソース記者に語ってくれました。

これまで影響を受けた音楽

日本人の両親は共にワシントン大学の学生でした。僕自身は生まれてすぐ、シアトルからニューヨーク州のイサカという街に移り、そこで幼少期を過ごしました。スズキバイオリンの大きな学校があって、そこに通うようになったのがバイオリンを始めたきっかけです。長野県松本市の鈴木鎮一さんが創始者で、今ではアメリカでいちばん有名なバイオリン教室です。バージニア州に引っ越したあとも、高校まではずっとクラシックを弾いていました。でも、その頃にジャズ ...

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