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日系アメリカ文学を読む

第11回 『あの日、パナマホテルで』

古い日系人コミュニティーのあるシアトル。かつての日本町は、いまはインターナショナル・ディストリクトといわれ、チャイナタウンに少し日本町が入り混じったような街になっている。

通りの名称を記す標識も、英語だけでなく、近年日本語と中国語による表記がされ、この地区全体の歴史的な遺産を残そうという市の考えが読み取れる。永井荷風の「あめりか物語」にあるように、明治時代の終わりごろには日本そのもののような町が移民によって形成されていたが、それも戦争を挟んですっかり形を変えて、日本の影は少なくなった。

パナマホテル

それでも、有名なスーパー「宇和島屋(Uwajimaya)」をはじめ、ところどこ日本食レストランや土産物屋など、日本的なものは残っている。そのなかのひとつが「パナマホテル(Panama Hotel)」だ。

1910年に日本人建築家によって建てられたこのホテルは、多くの日本からの移民たちを受け入れてきた。しかし、戦争を挟んで1950年にホテルは閉鎖される。その後ながらくそのままになっていたようだが、86年に、シアトル在住のジャン・ジョンソンというスカンジナビア系の白人女性がこれを買い取った。

アーティストでもある彼女は、日系アメリカ人文化を尊重し、ホテルを再開した。同時に一階にカフェを開き、シアトルの日系アメリカ人の歴史を物語る写真や、生活や文化にかかわるものを展示した。テーマ性のあるアジアン・テイストのカフェをつくったのだ。

現在のパナマ・ホテル(入り口)と1階のカフェ。

10年ほど前、このホテルに私も興味半分で宿泊してみた。設備といい内装といいタイムスリップしたような印象を受けたのを覚えている。お世辞にも快適とはいえなかったが、歴史的遺産としてみれば納得がいく。

前置きがだいぶ長くなったが、この旧日本町のシンボリックなホテルが何十年かにわたる物語の“証人”として登場する小説が『あの日、パナマホテルで』(集英社文庫)だ。

作者は、ジェイミー・フォード(Jamie Ford)。原題は「Hotel on the Corner of Bitter and Sweet」で、2009年にアメリカで出版され、大ベストセラーとなり、世界各国で翻訳されてきた。日本では、2011年末に出版された。

戦争を挟んで芽生え、消えていった幼い恋とその顛末である。登場する時代は、太平洋戦争がはじまったころとそれから60数年たった1986年。二つの時を行き来しながら物語は進んでいく。

主人公のヘンリーは中国系のアメリカ人2世の少年。少年の父親は、日本軍が故国の重慶を爆撃していることなどに心を痛め、中国で日本軍と戦う国民党軍を援助するためにシアトルにいながらその資金を集めている。祖国を愛し日本を憎悪する。

その憎悪はアメリカにいる日系人にも向けられる。それなのに、息子は日系人少女ケイコと仲良くなる。二人は、白人ばかりの学校へ通っていて、白人の同級生からいじめられ差別される者同士でもあった。

ヘンリーは、国粋主義的な父親とうまくコミュニケーションがとれない。そして、日系人であるが故にケイコと関わることに反対する父親に反発する。二人は惹かれあうが“パールハーバー”ののち、ケイコの一家も遠くアイダホの収容所へ行く。再会を誓いあいヘンリーは手紙を送り続けるが、なぜかその返事は途絶えてしまう。

やがてヘンリーは別の女性と結婚して息子をもうけ数十年の時がたつ。妻に先立たれリタイアし空虚な日々を送るヘンリ―。そんなとき、長い間閉鎖されていたパナマホテルについて、オーナーが変わり長年保管され忘れられていた日系人の家族の荷物が発見されたことを知る。

収容所に入る前に、何も持っていくことを許されなかった日系人たちが、このホテルに預けたものがあったのだ。ヘンリーは、もしかしたらそこにはケイコにつながる二人の思い出のものがあるかも知れないと思う。そして、それが見つかる。過去が蘇り、いまの自分との距離を徐々に埋めていく。

日系人による戦争や収容所をめぐる小説は、当然のことながら日系人の視点によって、日本とアメリカの関係、日系人とアメリカ人の関係が問われ、描かれる。しかし、戦争によって複雑な思いをしたのは、日系だけでなく、中国、朝鮮、フィリピンなどの日本の戦争に巻き込まれた多くのマイノリティーも同様である。

「Japantown」「Chinatown」と案内されるインターナショナル・ディストリクト

1968年生まれで、幼いころシアトルのチャイナタウンで育ち、その後ハワイで6年間暮らしたこともある著者フォードは、日系と中国系という二つの視点から、この物語の背景をとらえている。おそらく、この小説にあるように国籍や民族の異なる者同士の恋の秘話がいくつもあったのだろう。

こうした歴史的な背景を巧みにとらえ、事実を検証し物語が生まれたわけだが、この小説が多くの人を魅了するのは、メランコリックで甘酸っぱい若き日へのノスタルジーが全編を通じて漂うからだろう。

運命的ともいえる出会いによって翻訳を買って出たという訳者の前田一平氏は、訳者あとがきでこう書いている。

「小説の背景となる歴史や社会問題には不必要に深入りせずに、良質の感傷と郷愁を描き上げる創作力はすばらしい」

いま、パナマホテルは売りに出されていて、オーナーは買い手を探しているという。小さな丘の上に立つ古めかしいホテルが、その形をそのままにして残されればいいのだが。

(敬称一部略)

 

© 2017 Ryusuke Kawai

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Sobre esta série

日系アメリカ人による小説をはじめ、日系アメリカ社会を捉えた作品、あるいは日本人による日系アメリカを舞台にした作品など、日本とアメリカを交差する文学作品を読み、日系の歴史を振り返りながらその魅力や意義を探る。

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