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「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

第16回 第八章、友の死、母の死

小説「ノーノー・ボーイ」は、物語の後半に入り、大きな山場を迎える。主人公イチローの母と、親しい友人ケンジが相次いでこの世を去る。八章では、この二つの死が同時に登場する。著者のジョン・オカダは、二つの死をどう描いたか。

戦争で片脚を失い、さらにその傷が悪化し、ポートランドの復員兵病院に入院したケンジ。友を見舞ったイチローは、現地で職探しをしたが結局は、シアトルにもどることにした。ケンジに頼まれたように彼のオールズモビルを運転し、ケンジの実家に届けた。

そこで、やさしい父親に会ったイチローは、病院でのケンジの様子などをあれこれ尋ねられる。最初は、父親を心配させないように答えていたイチローだが、父親は実際のところをわかっているようで、正直にケンジが瀕死であることを告げた。

すると、逆に父親から、イチローの知らない間に、ケンジはすでに亡くなっていたことを知らされる。衝撃を受けたイチローに父親は、ケンジが生前遺言のような形で話していた言葉を伝える。

七章では、ケンジは病床にあって、自分があの世に行ったなら、人種の区別のない人間だけの世界にしてほしいと理想を語るが、ここではもう一つの理想を語る。今度は、日本人(日系人)だけでまとまることへの嫌悪感だ。見方をかえればこれも人種や民族にこだわることへの反発である。

父親が、以前ケンジと交わした言葉をイチローに伝える。

「『おれが死んだら、おれのことであれこれ気をもまないでくれ、父さん』って言っていた。『わいわい騒いだり、大きな葬式はなし。もし、おれがポートランドにいるとき、そういうことになったら、あそこの連中に任せてくれ。穴を掘らせてやれ』ってね。あの子は言った。『もし、おれをほかのジャップと一緒にワシャリの墓地に入れたら父さんのとこに化けてでてやるから。おれには次の場所について考えがあるんだ。次の世ではちゃんとはじめたいんだ』ともね」

ここに出てくる「ワシャリの墓地」というのは、実際にシアトル郊外にある大きな墓地で、ここには数多くの日本人、日系アメリカ人の墓がまとまって並んでいる。シアトル出身のジョン・オカダの墓も、このワシャリの墓地のなかにある。

小説にも登場するシアトル郊外ワシャリの墓地にあるオカダ家の墓、手前がジョン・オカダのもの(2006年、筆者撮影)

普通ならワシャリに入るのが当たり前なのだろうが、あえてケンジは自分の遺灰は海にでも捨ててくれと言っていた。繊細で問題意識の高いケンジについて、一世である父が、後悔を交えてイチローに語る言葉は悲しみに満ちている。

「いい子だった、楽しくて、思慮深くて、みんなに好かれて、でも、ほんとうは幸せじゃなかった。ほかの子たちはそれほど思い悩むことないようで、みんな物事はなるようになると自分にいいきかせて、けっこううまくやっている。あの子はそうじゃなかった。いつもなぜ物事はこんなふうになるのかって考えてた。 あの子のためには、私はアメリカに来るべきじゃなかったと考えることがしばしばある。日本にいるべきだったと。日本であの子は日本人とだけ一緒にいる日本人でいれたんだ。そうすればたぶん死なずに済んだ。そんなことを考えてももう遅すぎるがね」


悲しい、母の最期

イチローの家では、弟タローが家族の反対を押しのけて、アメリカ軍に行った直後から母親の様子がおかしくなった。意味のない行動を繰り返し、食事も口にしなかった。心配した父親は、どうしていいかわからず、その心労を紛らわそうと酒にひたった。

どうして、こうなったのか。愚痴と反省のなかで、思いは、妻との結婚前までに及んだ。日本で結納かなにかの宴会のとき妻をものにしたときのことだ。妻(キンチャン)に呼びかけるように、父親はひとり言をいう。

「……そうだ、キンチャン、あれが間違いだったんだ。私らは待つべきだったんだ。そうすればすべてはちゃんとしたんだ。私らは間違った、だから苦しむんだ。おまえの父さん、私の父さんと母さん、そしてあの人は知らなかった、でも神様は知っていた。暗がりで私らは立っていた。神様は見ていて、うなずいてそして言ったんだ。恥ずかしい、なんて恥ずかしいことか」

このあと、父親は疲労と絶望のなかで酔いつぶれてしまう。そこにケンジの家からイチローがもどり、家のなかの異常な様子を目にする。そして、バスルームで自殺した母親を発見する。バスタブに沈む母を目の前にして、イチローの頭のなかに、母への憐れみと同情が駆けめぐる。 

「日本を捨てたのが間違いだった。日本を捨てアメリカに来て、二人の息子を持ったことが間違いだった。そして、母さんがアメリカのような国でおれたちを完全に日本人にしておくことができると思ったことが間違いだった。おれについては、母さんはうまく育てることができた、あるいはそう見えたのかもしれない。ときどきおれは、母さんが完全にうまくやっていたらもっとよかったのにと思うことがある。母さんは幸せだったろうし、おれも人として完全だという感覚がわかったかもしれない。でも、母さんが犯した間違いは、あまりに数多くて大きかったから今度はおれが間違いを避けられなくなった。おれは自分のことをずいぶん長い間憐れんできた。それが突然母さんのことを憐れんでいる。母さんが死んだからではなく、幸せを知らなかったから憐れんでいるんだ。(中略)……さあ、もう自由だ。すぐにもどりなよ。ずっと忘れられず愛していた日本へもどりなよ。そして幸せになりなよ。それが一番なんだ。母さんが死んでしまってからこんなふうに感じられるようになるなんて、でも、たぶんそういうものなんだ。おれは母さんが不幸せだったことを知るのが遅すぎた。死んで初めて母さんを少し理解できるようになったし、少し母さんのことが好きにもなった。きっとこれ以外にはありえなかったんだ。母さんがもう一〇年、いや二〇年生きたとしても、きっと遅すぎただろう。」

生きているうちは分かり合えない親子関係という話は、いたるところで洋の東西を問わず聞かれる。これが、言葉も文化も異なる国での移民社会のなかにおける一世、二世との関係であれば、より複雑なものになることは多々あるというのは想像に難くない。

イチローと母親の関係も、生前はそうした複雑で不幸なものだったが、それも死とともに薄らいでいった。

(翻訳は筆者による)

 

© 2016 Ryusuke Kawai

john okada literature no-no boy

Sobre esta série

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。