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渡米17年目の新一世が見た東京

アメリカに移住してきて17年目になる。その前は東京の出版社で働いていた。通勤手段は地獄のような満員電車である。「それでもボクはやっていな い」という日本映画があるが、あの映画のように、男性が痴漢に間違えられるのもあり得そうなほど満員電車の混雑ぶりは酷い。他人の濡れた傘が、自分の足に ぴったり張り付く雨の日は特に劣悪な車内環境である。

さて、そんな東京暮らしに別れを告げて、1992年3月にロサンゼルスに引っ越してきた。そうなると移動手段は当然、自動車。電車と違って自分だけ の空間が確保できる。至極、快適である。東京に戻りたくない理由、それは何かと言えば、その中の一つは確実に「満員電車」である。

ここ数年,日本に行く時はほとんど九州の実家に直行していたので、東京に行く機会がなかった。しかし、2008年11月に久しぶりに東京に用事がで きた。金曜の夕方、成田に到着し、JRの成田エクスプレスで東京駅に向かう。燃料代の値上げの影響で旅客が減少しているのか、成田空港も成田エクスプレス 自体も比較的空いていた。しかし、東京駅の中央コンコースにたどり着いた時、私の中の東京的記憶が甦った。溢れるほどの人、人、人…。

東京の人は混雑した人の中を泳ぐように移動する。その際に、他人と体が触れてもほとんどの場合、謝らない。アメリカ生活が長くなると、この部分をか なり不自然に感じてしまう。相手とぶつかったら、いや、少し触れるだけでも「エクスキューズミー」「アイムソーリー」は基本ではないか。

ホテルがある目黒に行くのに山手線に乗り換えた。そこで再び驚く。高齢者や障害者のための優先席が設けられているが、そこに座っているのは学生、サ ラリーマンや主婦。明らかに高齢者ではない。座るとすぐに寝てしまうか、手元の携帯をじっと見つめるか、もしくは漫画雑誌を読みふけるかの3つに1つ。近 くに高齢者が来ても気づく様子はない。

こうして、一般の人は横柄に映るが、こと相手がサービス業となると今度はあまりの腰の低さに、こちらが恐縮してしまう。たとえばファーストフードや コンビニエンスストアの店員の態度。彼らは顧客の召使いではないかと思うほど丁寧である。アメリカの店員とはあくまで対照的だ。アメリカの場合、一般人は やさしく、店員は投げやりだ。

10年ほど前、仕事で東京に行った時に、アメリカと違って不便だと思ったことが3つあった。1つは住所の番地が非常にわかりづらいこと。通りの名前 と番号ですぐに探し当てられるアメリカとは違い、日本の住所は●丁目と区切られたブロックの中で番地が振られている。住所だけを手に目指す場所にたどり着 くことができるのは、その地域を担当している郵便屋と宅急便のドライバーくらいではないかと思う。これは今でも改善されていない。

二つ目は、どこでもどんな時でも、喫煙者が周囲に構わずタバコを吸うことである。会議の場合は酷い。断りもなく、あっちでもこっちでもタバコに火を 点ける。頭の中をクリアにして打ち合わせをしたいのに、煙に包まれていては逆効果。この状況は現在ではかなり変化しているようだ。まずタバコを吸う場所の 限定。電車のホームでも喫煙所が決められていた。喫煙者はそこに群がるようにしてタバコの煙を吐いていた。電車を待っている間だけでも我慢すればいいのに と思うのは、吸わない側の理屈だろうか。

三つ目はバリアフリーでないことだ。10年前は駅のホームから改札階までのエレベーターが見当たらなかった。エレベーターも少なかったように記憶し ている。重いスーツケースを持って移動する旅行者、車椅子の障害者、ベビーカーを押している母親たちには不親切だった。ところが今回、この点は、驚くほど 改善されていた。小さな駅にも必ずエレベーターがある。これは便利だと、スーツケースを引きずっている時は利用させてもらった。

そして、東京で会った友人に「この街もすっかりバリアフリーになったね」との感想を伝えたところ,彼女は「それだけ自分の足で階段の上り下りが難し くなった高齢者社会になったってことなのよね」と答えた。なるほど…だったら、もっと電車内の優先席を高齢者に譲る精神も育んでほしいものである。設備が 整うだけでは十分でない。人が変わらなければいけないのだ。

© 2008 Keiko Fukuda