laurahh

São Paulo, Brazil

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laurahhによるコンテンツ

Nikkei Chronicles #2 — Nikkei+ ~ Stories of Mixed Language, Traditions, Generations & Race ~

雨に濡れた『てるてる坊主』

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

最近、「幼なじみと今でも交流が続いています」と言うと、驚く人が大勢います。その上、その幼なじみとは60年来の交流だと知って、更にビックリ。「いいなぁ。うらやましいわ」と、みんなが言ってくれます。

デカセギ・ストーリー

第十二話(前編) 居場所のない子どもたち

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

サヤカは学校の教師を25年間勤めた後、退職した。これで、やっとのんびりできる時間が持てると思った。

デカセギ・ストーリー

第十一話(後編) クレイトは、もうサンバは踊らない

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

クレイトは、15年ぶりに出会えた父親とゆっくり話をしていたかった。しかし、妹のケイラに「パパイは血圧が高いので、あまり興奮させたら体によくないから、今夜はここまで」と言われたので、久しぶりに「Boa noite、papai!(おやすみなさい、おとうさん!)」と言って、話を止め、外に出た。

Nikkei Chronicles #2 — Nikkei+ ~ Stories of Mixed Language, Traditions, Generations & Race ~

ジュリアのJAPÃO発見

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

母方の祖父母は100年前、日本からブラジルへ移住して来ました。サンパウロ州のファゼンダ1で筆舌に尽くし難い苦労をして、やっと、念願の農園を手に入れました。10人の子どもはブラジルで生まれましたが、ポルトガル語は十分に話せず、家で使うのは日本語でした。子どもたちは日系一世・二世と結婚し、生涯パラナー州で暮らしましたが、母だけが、結婚と同時に、サンパウロ市に住みました。

デカセギ・ストーリー

第十一話(前編) クレイトは、もうサンバは踊らない

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

風がびゅーびゅー吹き荒れていた夜、クレイトは1時間前に出たダンススクールに戻った。そこのオーナーの明石トムは、ちょうどその頃、パープル色のドレスの女性に誘われ、横丁の「ルナ」で楽しそうに飲んでいた。

デカセギ・ストーリー

第十話 キミコの再出発

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

100年以上前にブラジルに渡った移民たちは、いつかは日本に戻れると思っていた。1980年代から日本に行き始めた逆デカセギのほとんども、いつかはブラジルに戻れると信じていたのだろう。しかし、世の中はそう甘い物ではなかった。いろいろな事情があって、一度帰国したあと、再び日本へ行くデカセギが少なくなかった。キミコもその1人だった。

デカセギ・ストーリー

第九話 サクラの花の咲くころ

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

真司とリンダは子どものころの友だちだ。と言っても、同じ学校に通ったこともなく、同じ公園で遊んだこともなかった。

デカセギ・ストーリー

第八話 カーニバルの悲しい出来事

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

私は日系二世の70歳のおばちゃんです。昔からカーニバルにはあまり興味がありませんでした。カーニバルとはブラジル人にとって、年に一度の楽しみだとしか思っておらず、「ブラジル人ではない」と認識している私には関心がなかったからです。しかし、当時から日系人会では「バイレ・デ・カルナバル」というカーニバルのダンスパーティーが開かれ、日系の若者たちも楽しむようになっていました。私も友だちと一緒に行ったことがありましたが、特別な思いはありませんでした。

デカセギ・ストーリー

第七話 ケンジンニョのすばらしい年末年始

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

日本生まれのケンジンニョは両親が別れた後、母親と一緒にブラジルへ渡った。

デカセギ・ストーリー

第六話(後編) マユミは此処!FELIZ NATAL!

ラウラ・ホンダ・ハセガワ

第六話(前編)を読む>> 何と言ってもナタール(クリスマス)はデカセギにとって特別な祝日だ。無関心な人は誰もいない。みな、その日が来るのを心待ちにしている。家族や友人と集り、その時だけは多忙な生活をしばし忘れ, 懐かしいブラジルの思い出話に花を咲かせる。

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I enjoy spending time at bookshops, taking nice walks, trying new recipes, and travelling to many different places in my free time.
The most significant experience in my life was when I lived in Japan, 40 years ago.
本屋に立ち寄ったり、散歩をしたり、新しい料理を作ってみたり、時間がある時、いろいろな所へ行くのが大好きです。
わたしの人生のなかで一番貴重な体験は、40年前、日本で生活したことです。
Eu amo passar o tempo em livrarias, fazer passeios maravilhosos, experimentar novas receitas e viajar para diversos lugares em meu tempo livre.
A experiência mais significante de toda a minha vida foi viver no Japão, 40 anos atrás.

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