ニッケイ物語 9—勝敗を超えて: ニッケイスポーツ
ニッケイのスポーツを、ゲームの勝敗を超えて特別なものにしているのは何でしょう?あなたのヒーローである日系アスリートや、あなたのニッケイとしてのアイデンティティに影響を与えたアスリートについて書いてみませんか?ご両親の出会いのきっかけは、ニッケイのバスケットボールリーグやボウリングリーグでしたか?戦前の一世や二世の野球チームに代表される日系スポーツ史にとって重要な時代に関心はありますか?
ニッケイ物語第9弾として、ディスカバー・ニッケイでは、2020年6月から10月までスポーツにまつわるストーリーを募集し、同年11月30日をもってお気に入り作品の投票を締め切りました。全31作品(日本語:6、英語:19、スペイン語:7、ポルトガル語:1)が寄せられ、数作品は多言語による投稿でした。編集委員とニマ会の方々に、それぞれお気に入り作品の選考と投票をお願いしました。下記がお気に入りに選ばれた作品です。
編集委員によるお気に入り作品
- 日本語:
バンクーバー朝日投手、土居健一と家族の物語
嶋 洋文 - 英語:
なぜコーチをするのか:ジュニアスポーツコーチとしてのボブ・コダマの遺産
マイケル・コダマ - スペイン語:
60周年を迎えて:あなた達の心の近くに
ルイス・イグチ・イグチ - ポルトガル語:
毎日のラジオ体操
エドナ・ヒロミ・オギハラ・カルドゾ
ニマ会によるお気に入り作品:
- 星33個:
スポーツへの愛情と人生
ロバート・"レフティ"・キッカワ、ケン・キッカワ
<<コミュニティパートナー: Terasaki Budokan - Little Tokyo Service Center>>
このシリーズのストーリー
リトルリーグ野球の当時(1959年)と現在(1992年)
2020年10月1日 • ジョン・スナダ
私が初めて野球に触れたのは、1959年頃で、両親が野球などの青少年スポーツを後援するフレズノ仏教教会を通じて私を野球チームに登録した時でした。この教会の「リトルリーグ」という形態は、地域中の仏教とキリスト教の両方の様々な教会のチームで構成されていました。チームは11歳から12歳の日系アメリカ人(三世)の十代の若者で構成され、最大12人の選手で構成されていました。私はほとんどの選手を教会で知り合い、彼らはフレズノ市とその郊外に住んでいました。私はフレズノの田舎(イナカ)から来…
カナダの釣りの先駆者、ボブ・イズミ
2020年9月28日 • ジョナサン・エトウ
トロント — カナダが7月に全国釣り週間を祝う中、釣りという娯楽の代名詞となっているのがボブ・イズミという名前だ。チャタムで生まれ、ブレナムでシングルファーザーに育てられたイズミは、父親が人生に影響を与えたと信じている。釣り好きは、父親のジョーによって育まれた。ジョーは、イズミと3人の兄弟、近所の子供たちをよく釣りに連れて行ってくれていた。 「父は家族を養うために一度にいくつもの仕事を掛け持ちしていました」とイズミさんは日経ボイスのインタビューで語った。「父は週7日働き、休…
フィッシング・フォー
2020年9月22日 • メアリー・スナダ
私が最後にハイシエラ(訳注:カリフォルニア州中東部の山脈)へ釣りの旅に出かけたのは、2019年7月7日のことでした。慌ただしい都会の日常を離れた、年に一度の家族旅行でした。釣りを家族の伝統行事にしたのは夫のジョンでした。ジョンは、子供のころからフレズノで釣りをしていて、父親と一緒に釣りをする喜びを忘れたことはありませんでした。息子のジェームズとデービッドが釣り竿を持てるようになると、ジョンはハイシエラで二人に釣りを教え、今ではそれが私たち一家の日系の伝統となりました。ジェー…
あらゆる期待を超える
2020年8月28日 • クリス・コマイ
ケストン・ヒウラはメジャーリーグでの成功への道のりで、障壁を打ち破り、固定観念を打ち砕くことを習慣にしてきた。ほとんどのスポーツファンは、若い男女がプロスポーツ選手としてのキャリアを築くには数多くの課題があり、しばしば容赦のないものであることを理解しています。しかし、最も困難なハードルのいくつかは、特定のスカウトが有望選手の体格、性格、経歴、さらには民族性に関して抱く認識や誤解です。ケストン・ヒウラは、野球の能力とはまったく関係のない弱点があると聞いていたが、その代わりに、…