オハヨウ・ボンディア

祖父は日本から約100年前に来伯。私はブラジル生まれ。だから、私はブラジルと日本との「架け橋」になりたい。私の心に深く刻まれた「にっぽん」は宝物。ふるさとのブラジルで守りたい。そんな思いを込めて書いたのが、このシリーズです。(Bom Diaはポルトガル語でおはよう)

culture en ja es pt

第2回 日本語って難しい

1.  「お母さんいる」
     「びょういんに行った」
     「どっか悪いの」
     「うん、あたま」
     「そうなの」
     「ヘアースタイル変えるって」
     「そっか。びよういんに行ったのね」

2.  「新しい仕事はどう」
     「だめだった」
     「えっ」
    「面接に間に合わなかった」
     「どうして」
     「よっかようかと間違えた」


3.  男は妻と喧嘩したあと、「じゆう ...

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identity en ja es pt

第1回 顔はルーツを語る

「今度のポルトゲスの先生はジャポネーザだ」

情報は稲妻のように次々に伝わって行った。専門学校の3年の男子生徒たちがずらっと窓から顔を出していた。

その前を通って、3年A組に向かう「新米」の先生はわたし。

どこまでも続くかのような長い廊下。とても緊張していた。はじめての学校勤め、はじめてのクラス。今思い出すと、「ごくろうさん。よくやったね。」と自分に言いたいほどの体験であった。。

数学とか理科だったら、これまで日系人の先生はいたけれど、ポルトガル語を専攻にした日系人は珍しかった。例えれば、不器用なあひるが「白鳥の湖」を踊るように異例なものだった。

母はいつも「顔はルーツを語る」というようなことをポルトガル語で言っていた ...

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