「米國日系人百年史」を読み直す~パイオニアたちの記録をたどって

1960年代はじめ、全米を取材して日系社会のルーツである初期の日本人移民の足跡をまとめた大著「米國日系人百年史」(新日米新聞社)が発刊された。いまふたたび本書を読み直し、一世たちがどこから、何のためにアメリカに来て、何をしたのかを振り返る。全31回。

community ja

第31回(最終回) 南部沿岸諸州の日系人

アメリカへの移民1世の足跡をまとめた「米國日系人百年史」を、北部加州(北部カリフォルニア州)からほぼ州別に読み直してきたこのシリーズもいよいよ最終回を迎えた。百年史、第二十七章は「南部沿岸諸州」で、ルイジアナ州、ミシシッピー州、そしてアラバマ州のことを指している。


港町ニューオリンズを中心に

統計によれば、ルイジアナ州の日系人の人口は、1900年に17人、以後10年ごとに31人、57人、52人、46人となり、戦後の1950年に127人、60年に519人となっている。

ルイジアナで港町として栄えるニューオリンズには、1884年に万国博覧会が開かれたとき ...

続きを読む

community ja

第30回 フロリダ州の日系人

アメリカの南東部、メキシコ湾と大西洋に挟まれ、カリブ海に突き出たフロリダ州は日本からもっとも遠い州の一つだが、日本人の足跡は意外に多く、「百年史」でもおよそ10ページにわたって紹介している。まず、概要としてこうある。

「一八九六年にフロリダ・イーストコースト鉄道が、ジャクソンビルからマイアミに貫通して以後に日本人が移住したのであった。その頃この州はスワンプばかりで交通運輸の便は極めて悪かった。従って人口も希薄であったが、右鉄道の開通で、事業家と冬季には金持ちの避寒客が殺到し一躍有名になった」

フロリダ州の日本人は、統計によれば、1900年はわずか一人。1910年が50人、1920年が106人、1930年が153人、1940年が154人、1950年が238人と徐々に増え、1960年には1315人と急増する。


大和コロニーという入植事業 ...

続きを読む

community ja

第29回 南部大西洋沿岸諸州の日系人

東海岸最初の集団移民?

「百年史」が、第二十五章で紹介する南部大西洋岸諸州とは、ジョージア州とノースカロライナ州、サウスカロライナ州の三州だ。

統計ではジョージア州の日本人人口は1900年に1人、1910年に9人、以下10年ごとに32人、31人、128人で、1960年には885人となっている。この統計より前に、この州に最初に足を踏み入れた日本人について「東海岸最初の集団移民」として、次のような“伝説”がある。

「~1880年代ごろ、フランク・エーケンと呼ぶ英国系人がサバナ港を根城に東洋と貿易し、主に上海との間を往復するうち、それまで使用した黒人奴隷が解放された後の労働者補充に、日本の高知県から二十余名を連れ来りブランズウヰク郊外で米作に従事したことがあり ...

続きを読む

community ja

第28回 中部大西洋岸諸州とペンシルベニア州の日系人

「百年史」は、第二十三章で「中部大西洋岸諸州」として、「コロンビア区(華府)、メリーランド、デラウェア、ヴァジニア、西ヴァジニア」の日系人社会についてまとめている。といっても、これらのなかで記述の中心は首都ワシントンD.C.の日本人、日系人についてだ。ほかの州の日系人についてはほとんど触れらていないに等しい。

コロンビア区というのはワシントンD.C.のことで、ワシントン府とも書き、漢字では華府と表記している。

華府については、古く1860年5月に遣米使節団として新見豊前守正興ら一行が ...

続きを読む

community ja

第27回 ニュージャージー州とニューイングランド諸州の日系人

「百年史」のなかの第二十一章「ニュージャージー州」と第二十二章「ニューイングランド諸州」の日系人について合わせて紹介したい。

ニュージャージー州については、日系人の足跡として、二つの点についてまとめている。一つは、初期の日本人についてで、それはカジノで有名なアトランティック・シティにおける日本人の歴史である。


アトランティック・シティーでの賑わい

1892年に神戸で商売をしていたあるアメリカ人が、日本人数人と共に、日本美術品細工実演、即売の隊商を組んで全米を巡回したのちにアトランティック・シティーに来て解散し、そのまま居ついたという。その後日本雑貨店を開いたりした。

また、ニューヨークでも活躍した「博覧会屋 ...

続きを読む