東 繁春

(ひがし・しげはる)

1954年、広島県呉市に生まれる。1981年に渡米、ロサンゼルスの加州毎日新聞とサンフランシスコの日米時事新聞で、日本語記者として働く。そのご、朝日新聞ロサンゼルス支局の助手、共同通信社のロサンゼルス米国法人で日本語ニュース配信マネージャーを経験。1998年7月に月刊英字新聞Cultural Newsを創刊した。Cultural News はロサンゼルス近郊の日本美術展、日本文化イベントを紹介している。最近は、デトロイトでの日本美術展やポートランドの日本庭園の紹介も行っている。月刊新聞 Cultural Newsのウェブサイトはwww.culturalnews.com

(2018年3月 更新)

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消し去られていた戦時強制収容所の記憶をよみがえらせたグループカウンセリングの記録映画「キャンプの子供たち」

カリフォルニア州立大学サクラメント校名誉教授のサツキ・イナ(伊那五月、70歳)は、1944年5月に、カリフォルニア州のツールレークの戦時強制収容所で生まれた。カウンセリングの専門家で、収容所生活を体験した日系アメリカ人の心のケアを手掛けてきた人だ。

その伊那さんがプロデューサーとしてかかわった強制収容所をテーマにした映画が2本あることは前回のエッセイで述べ、その一つである伊那さんの両親の体験を中心とした「絹の繭から」(From Cocoon of Silk)の内容を紹介した。

今回は、もうひとつの映画「キャンプの子供たち」(Children of the Camps、1999年制作)を取り上げる。

わたしは、こ…

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強制収容所の跡地で水彩画ワークショップを始めた二世画家ヘンリー・フクハラ

二世の水彩画家ヘンリー・フクハラの名前を初めて聞いたのは、2014年5月に自らの強制収容所の体験を水彩画で表現している三世メリー・ヒグチさんに会ったときだった。

ヒグチさんのアリゾナ州ポストン強制収容所での生活は3歳から6歳のときだったので、ヒグチさんに当時の記憶はない。しかし、フクハラが1998年に始めたマンザナ強制収容所跡地での水彩画ワークショップに毎年参加する中で、日系人の収容所体験を水彩画で描けるようになった。

ヘンリー・フクハラは2010年1月に96歳で亡くなっているので、本人にインタビューすることはできない。ヒグチさんの話しからフクハラの創作活動をよく知っている人物がUCLAに勤めていたアルバート・セット…

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強制収容所で生まれた三世が作った、強制収容所での父母の苦悩を描いた映画「絹の繭から」(2006年制作)  

長野県のある新聞社から通訳を頼まれて、9月にサンフランシスコ郊外のバークレーに行ってきた。インタビューの相手は、カリフォルニア州立大学サクラメント校名誉教授のサツキ・イナ(伊那さつき、70歳)先生だった。

伊那さんの母親はアメリカ生まれで、長野県で育ち、戦前に帰米している。通訳の仕事が終わったあと、伊那さんのことをディスカバー・ニッケイで紹介したいと言ってみたところ、数日後、伊那さんから2枚のDVDが送られてきた。いずれも日本語字幕が付いていて、伊那さつきさんが制作者(プロデューサー)としてかかわった映画だった。

1枚目は「キャンプの子供たち」(Children of the Camps)というタイトルで子供のときに…

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強制収容所の体験を語らなかった母が残した写真をもとに収容所生活を描く三世女性

わたしの伯母(母の姉)は、現在90歳近くになるが、広島での原子爆弾体験を約20年前まで、語らなかった。わたしの母の家族は、戦争当時は、広島市に近い呉市で暮らしており、伯母は、1945年8月6日朝、広島駅に停車していた列車の中にいた。戦争体験について、わたしの広島県呉の家族と同じように語りたくない、という傾向が、ロサンゼルスの日系アメリカ人たちの間にもあることに、最近、わたし自身が気がついた。

きっかけは、2014年5月に、ロサンゼルス近郊トーレンス市内にあるエルカミノ大学で開かれた絵画展示会への案内状だった。5月はアジア系アメリカ人をテーマにしようというキャンペーンがアメリカの連邦政府や地方行政の間で行われていて、エル…

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「二世ウィーク・クィーン」は南カリフォルニアの日系団体をまとめるきずな

1930年代、約3万人の日本人が住んでいたロサンゼルス・リトル・トーキョー(小東京)で、日本人商店主たちが始めた「二世ウィーク」(二世週祭)イベントは、戦争時の中断を乗り越えて、今年で80周年を迎える。

二世ウィークは、リトル・トーキョーを舞台として、8月の半ばの1週間が開催期間だ。祭りは、最初の日曜日に行われるグランド・パレードで始まり、1週間後の日曜日にオンド(音頭)と呼ばれている昼間の盆踊りで閉幕となる。

グランド・パレードの出し物として、青森からねぶたが来た2007年はパレードが大きな盛り上がりを見せた。その後、パレードの勢いはあまり盛り上がらず、パレードコースも短縮された。しかし、そうしたイベントの集客数に…

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