福田 恵子

(ふくだ・けいこ)

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。

(2008年2月 更新)

community ja

「この存在を埋もれさせてはいけない」一心で書籍化された小児園の本

ロサンゼルスにかつて存在した「小児園」

2017年9月、私が所属する南加大分県人会の創立100周年記念式典が、ロサンゼルス郊外で100名近い参加者を集めて盛大に開催された。その時の特別ゲストの一人に、ミコ・ヘンソンさんという女性がいた。彼女は大分県出身者ではない。その年に日本で出版されたばかりの「六市と安子の小児園」という本の書籍化に尽力された女性で、その楠本六市の生まれ故郷が大分県宇佐市だった。

六市は戦前、ロサンゼルス市内に孤児たちを受け入れて世話をする小児園を運営していたという。非常に興味を駆り立てられたが、忙しさにかまけて記念式典から時は過ぎた。そして2018年の9月に大分県人会長のジーン會田さんが、私にその本を渡したいという旨のヘンソンさんからのメールを転送してくれた。私にとっては大変ありがたい話で、メールをもらった週の水曜にヘンソンさんの自宅に伺い、その日のうちに「六市と安子の小児園」を読み終えた。

九州から大阪に出た六市は ...

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1974年渡米のハワイアンレストラン・ボブズ経営者・佐藤公昭さん

基地の中には憧れのアメリカ

観光客として数度ハワイを訪れただけの私でも、懐かしさを感じる店がロサンゼルス郊外のガーデナにある。店の名前はボブズハワイアンスタイルレストラン。その名の通り、ボブのハワイ料理の店だ。現在の経営者は、前オーナーのボブさんから譲り受けた佐藤公昭さん(以下キミさん)。日本からの新一世であるキミさんの代になっても、店は変わらずハワイ出身者の常連客の支持を集めている。その秘密は何なのか、キミさんはどのような半生を歩んできた人なのか?

キミさんには、常連である友人の紹介で、店で一度会っていた。その時に以前は音楽業界にいたこと、しかも一時期はロサンゼルスにも拠点を置いていた小室哲哉氏の片腕だったこと、その後、詐欺に巻き込まれて家を2件失ったことなど波乱万丈な過去について知った。彼の背景についてさらに深く知りたくなった私は、営業時間終了間際のボブズで、話を聞く時間をもらった。

1958年東京港区出身。小学校高学年の頃に住んでた狛江市の隣に ...

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ジョナサン・ゴールドも絶賛の日本料理店 LA「Shibumi」のデビッド・シュロッサーさん

立ち寄った日本が人生を変えた

今や、ロサンゼルスはもちろん、世界規模で日本料理のレストランは増え続けている。しかし、問題は料理人だ。日本で修業した日本人の板前は数が限られている。そこで、20年ほど前から、寿司を中心に日本料理のシェフを育成する教育機関がアメリカ国内に設立されるようになった。それから時は経ち、多くの卒業生が業界に巣立っていったが、それでも日本料理のシェフとして名を成した非日本人はほとんどいないと言っていいのではないか。

そんな時、2016年の夏、レストラン評論家のジョナサン・ゴールドに絶賛されたShibumiのオーナーシェフが、デビッド・シュロッサーさんというアメリカ人だと話題になった。その店は「まるで東京で味わっているかのような錯覚を与えてくれる」と、彼は表現した。それだけ本格的な和食が味わえるということだ。場所は再開発が進む ...

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過去の「敬老」と現在の「KEIRO」を巡る思い

人々が出会う場所

ロサンゼルス周辺の日本人や日系人で、敬老のことを知らない人はいないだろう。1960年代、故フレッド和田さんを中心とする8人の日系社会のリーダーによって、ロサンゼルスのダウンタウンを見下ろす高台に敬老引退者ホームが開設された。日本語のサービスや日本食が充実しているとあって、日本人や日系人が引退した後は安心の老後を過ごせると大変な人気を誇っていた。入居するには何年も待たなければならないほどで、知り合いの中には「入居の順番が少しでも前になるように、毎年、寄付金を敬老に贈っている」という日本人夫婦もいた。

私自身は1992年以降、度々、敬老の施設を取材で訪れた。敬老が運営する施設は、ダウンタウンに近いボイルハイツにある引退者ホームを中心に、同じ敷地内の中間看護施設、少し離れたリンカーンハイツと日系人が多いガーデナ市の看護施設と4カ所があった。コンドミニアムのような造りの引退者ホームには広大なカフェテリアがあり、日本からの歌手が公演でロサンゼルスを訪れると、かなりの高い確率で敬老にも慰問に訪れ、そのカフェテリアで入居者を前に歌を披露したものだ ...

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1988年渡米、ラーメンブームの火付け人、甲山貴明さん

客の求める味

その店がリトルトーキョーのファースト・ストリート沿いに開店した当時は大きな話題になったものだ。時は2002年、店の名前は「大黒家」。とんこつラーメンを出す店として日本人のみならずアジア系を中心に人気を集めるようになった。店の前に張り出した黄色に黒字の看板の下の行列がいつしか馴染みの光景となった。

この店のオーナーが甲山貴明さん。今では12のレストランをロサンゼルス界隈に展開している毘沙門グループのトップだ。甲山さんは今からちょうど30年前の1988年、24歳の時にアメリカに渡ってきた新一世。渡米の前後を次のように振り返る。

「日本では6年間、料理人として働いていました。しかし、そこの店がクローズするのをきっかけに、一度海外に行ってみたいという気持ちでロサンゼルスに渡ってきました。それまで海外には一度も行ったことがなかったんです」

海外で日本食の腕を試す、といった覚悟の渡米ではなかった。それでも、日本では割烹の店を任されていた甲山さんは ...

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