福田 恵子

(ふくだ・けいこ)

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。

(2008年2月 更新)

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2017年渡米、「楽観」ラーメンの伊東良平さん

移住までに6年かけて準備

2017年7月にロサンゼルスのダウンタウンに店を開けてからサウスベイのレドンドビーチ、さらにサンタモニカと開店が続いた楽観ラーメン。Rakkan USAのCEO、伊東良平さんは自らのラーメンを武器に米国移住を果たした人物で、現在はロサンゼルスを拠点に、全米、ヨーロッパへの進出も視野に入れている。伊東さんが海外移住を志すようになったのは、専門学校を卒業後に世界を巡るNGOの大型船にシェフとして乗り込んだ10年以上前にさかのぼる。

「1年くらいかけて世界を2周しました。その時はアメリカには来なかったのですが、その後、まずアジア各国を数カ月かけてバックパッカーとして旅して回った後、バイトでお金を貯めて、アメリカに上陸。ロサンゼルスから入ってシカゴ、マイアミ、メキシコ、さらにキューバまで足を伸ばしました。当時のアメリカの印象? 正直に言うと、疎外感を感じたというか ...

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community ja

絆2020:ニッケイの思いやりと連帯―新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて

コロナ禍のメッセージ伝え続ける鷹松弘章さん

日本に気づいてほしい 

シアトル郊外に本社を置くIT企業タブローソフトウエアの開発マネージャーでありながら、複数の企業の社外取締役を務め、さらには『世界基準の子育てのルール』という著書も上梓している鷹松弘章さん。実に多彩な顔を持つ鷹松さんとは、過去に数度取材させていただいた関係でfacebookでつながっている。その鷹松さんの投稿が、アメリカから日本へ向けての新型コロナウイルス関連の注意を呼びかけるものが中心となったのは3月の中旬頃だっただろうか。それまでは、地元シアトルや日本各地での講演関連や自分で小型飛行機の操縦桿を握る写真が多かった記憶がある。

鷹松さんが暮らすワシントン州は、周知のようにアメリカで最初の新型コロナウイルスによる死者が確認された土地だ。鷹松さんは肌で感じる地元の状況を、時にはデータやニュースのリンクを添えて発信し続けている。そのモチベーションとなっているものは何か、電話取材で本人に聞いた。

「元々、僕が日本に対して伝えていることを簡単に言うと、日本人が幸せというものを履き違えていて、お金の奴隷になってしまっている、そのことに気づいてほしいということでした。仕事第一でやっているために家庭内の雰囲気が良くなかったり、またコロナウイルスの問題が起こった時に結局これまで働き方改革を何も進めてこなかったことが露呈したりしたわけです ...

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絆2020:ニッケイの思いやりと連帯―新型コロナウイルスの世界的大流行を受けて

コロナ・パンデミック下のロサンゼルス日系社会

「やめる選択肢はない」

この原稿を書いている2020年4月中旬のロサンゼルスは、コロナ・パンデミックの真っ只中だ。カリフォルニア州知事が外出禁止令の延長を発表し、自宅待機が5月15日まで続くことになった。もちろん、そこで外出禁止令が解除されるかどうかの保証はどこにもない。トランプ政権のコロナ対策タスクフォースのドクター・アンソニー・ファウチは、ビジネスの一刻も早い再開を望むトランプ大統領の性急さに警鐘を鳴らしている。

フリーランスで執筆業に携わる私の仕事も影響を受けている。日系社会で開催されるイベントの取材に出かけることが多いのだが、予定していた3月と4月のイベントが10件キャンセルになった。日本の雑誌がカリフォルニア州の観光地の旅行記事を企画、その取材を4月末に行う可能性もあったがキャンセル。私たち取材班が遠出できないだけでなく、アメリカの観光地の記事を掲載しても日本から渡航できないのだから意味はない。

気分転換に外食するわけにもいかない。レストランはテイクアウトとデリバリー以外の営業が許されていない。業界にとっては危機的状況だ。そのような状況の中、ロサンゼルス周辺で日本食レストラン、ラーメン店 ...

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1999年渡米、映画監督・プロデューサー・女優・フリーアナウンサーの曽原三友紀さん

故郷の宮崎牛を世界へ

映画『はんなり』『折り鶴』の監督兼プロデューサーである、ロサンゼルス在住の曽原三友紀さん。『はんなり』では日本のおもてなしの心を描き、『折り鶴』では日本の思いやりを、共に映像作品を通じて世界に紹介した。現在、手がけているのはアメリカが日本に友情の証として送った青い目の人形に対するお返し、「答礼人形」をテーマに掲げた新作映画だと言う。

私は『はんなり』が完成された時に取材したことがあったが、その後、曽原さんの名前を頻繁に聞くようになったのは、「宮崎牛をオスカーのガバナーズボウル(アカデミー賞授賞式後のパーティー)のメニュー食材導入に成功した「宮崎牛大使」としての目覚しい活躍ぶりを通してだった ...

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日米の絆をつなぐ米日カウンシル会長 ― アイリーン・ヒラノ・イノウエさん  

「今始めないと手遅れに」 

全米日系人博物館(JANM)の創設時から約20年にわたって館長を務めたアイリーン・ヒラノ・イノウエさん。2009年、アメリカと日本の絆を強固にすることを目的に彼女が立ち上げた米日カウンシル(USJC: US Japan Council)は昨年10周年を迎えた。その節目の2019年秋、ロサンゼルスでアイリーンさんに直接取材する機会に恵まれた。実は取材準備でリサーチするまで、USJCの団体名を聞いたことはあったが、何をしているのか深くは知らなかった。なぜアイリーンさんがそのような団体を立ち上げたのかについても無知だった。一部の日系人のための組織だと思い、私たちのような日本生まれの日本人には関係がないと思っていたからだ。

アイリーンさんはこれまでにも様々な機会を通じて話しているように、JANMでの20年で多くを学んだと振り返る。ロングビーチに日系3世として生まれた彼女自身は、母親が日本生まれだったことから ...

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