キョウミ・バルガス・ホシ

(Kyomi Vargas Hoshi)

1996年、首都リマで生まれた。日系4世。大の猫好き。言語学専攻の学生で、歌手でもある。言語学は、ペルーカトリック大学で勉強している。ペルー日系人協会青年部の理事を務め、ペルー新潟県人会で活動をしている。日系社会の様々な行事で歌うのが好きで、熊本カラオケクラブのメンバーでもあり、ベントボックスというバンドでも活動している。

(2019年9月 更新)

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ニッケイ物語8 — ニッケイ・ヒーロー:私たちの模範となり、誇りを与えてくれる人

海を渡った女先生 

ペルーでは日本人移住120周年を迎えた(2019年現在)。これを機に、私が一人の人間、いや一人の女性としてとても尊敬している曾祖母の移住経験を自分なりに振り返ってみたい。曾祖母は他の多くの移住者と同じような移住の経緯を持っているが、彼女の話はこれまでほとんど伝えられていない。今年はカジャオ港に桜丸が到着して120年が経つという節目の年なので、曾祖母についてお話ししたいと思う。

曾祖母はサクライ・ヨシノという名前で新潟県の小千谷近くの山岳地帯にある小さな村の出身であった。明治生まれの曾祖母は、伝統的な風習やしきたりが近代的なものへと大きく変わる時代に育ち、当時としてはかなり進歩的な女性だったようだ。男性のスポーツといわれていたスキーをたしなみ、高等教育を現在の新潟大学の付属校である当時の長岡高等女学校に進学し、教員育成科で勉強をした。

そうした女性がなぜ海外に移住したのだろうか。海外移住者の多くはより豊かな生活を求めて外国に移住したが、曾祖母の実家は小千谷で温泉宿を経営していたこともあって当時は比較的豊かな暮らしをしていた。では何故ペルーへいったのだろうか。それは花嫁の呼び寄せがあったからだという。新潟出身のペルー移住者ショウヘイ・ホシという人が結婚相手を探していた。サクライ家はホシ家になんらかの恩があったので ...

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