ユキコ・タカハシ・マルティネス

(Yukyko Takahashi Martínez)

ペルーのカトリック大学(Pontificia Universidad Católica del Perú -PCUP)の歴史学科卒業。現在は、スペインのバスク考古学・民俗学及び歴史学資料館の研究アシスタントを務め、PCUPにおいてさまざまな 研究プロジェクトに参加している。PCUPでは、講師をも務める。PCUPの東洋研究センター、バルセロナのPompeu Fabra大学、そしてセビリアのPablo de Olavide大学での各種セミナーコースに参加。

(2009年3月 更新)

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第二次世界大戦中における在ペルー日系人:近年の論議の再考記- パート2

パート1 >>

マヌエル・プラド政権と戦争に対する政策

1941年、世界各国が第二次世界大戦に突入した時、プラド大統領はペルーは能動的な中立の立場を保つと宣言し、これは「様々な活動や努力、国力の 動員であり、無限の価値を有する平和を、品格を保ちながら維持することである」と強調した。ただ、この平和はアメリカ大陸の平和であり、大陸の利害関係に 協同歩調するということでもあった。1

同年、大統領政令によって戦争当時者の国々を擁護するチラシや宣伝の流通を禁止した。中立を宣言していた政府としては歓迎すべき措置ともみえたが、 大陸の利害関係と都合よく歩調しただけではなく、これは1928年にキューバのハバナで合意されていた外相協定に基づくものだった。2

真珠湾攻撃 ...

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第二次世界大戦中における在ペルー日系人:現今論議の再考記- パート1

一国もしくは一つの集団の歴史よりもっと興味深いのは、さまざまな集団が、類似または異なったもの同士で統合・融合しあい共通の状況を生み出した時 である。第二次世界大戦中、このペルーに在住していた日本人及びその子孫(日系人)がアメリカ合衆国の抑留所に送還(連行)された事例が最も典型的なものだと言える。

それまでの関係とは

ペルー、日本、そしてアメリカという3国の歴史において互いに共有していることは、非常に長い年月にわたり、多様な面において関係が継続してきたということである。ただ、互いの関係は常に二国間の関係にとどまっている。

ペルーとアメリカの関係は、レギア大統領の時代から政治・経済的な思惑によるアプローチが存在し、そうした要素は今も続いている。この関係は ...

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