2011年3月11日14時46分(日本時)、三陸沖を震源に、日本国内観測史上最大マグニチュード9.0の巨大地震が発生、大津波が東北太平洋沿岸地域の町、生活、生命を奪い去り人々の胸に消すことのできない傷痕を残しました。私は宮城県出身でメキシコ在住の画家であり、宮城県人会、メキシコ宮城青葉会副会長も努めております。半年経過しましたが、この東日本大地震のことは深く脳裏に焼き付け決して忘れないようにしたいです。
深夜の緊急電話連絡で事態を知り、インターネット上の報道に釘付けのまま、仙台、石巻、南三陸、気仙沼、陸前高田、宮古など、良く知る市町村名と共に表示される「壊滅、崩壊」の文字や、増加する一方の死者行方不明者数に、唖然とするばかりでした。
その日12日は女性アーティストグループ「竜舌蘭の花」による展覧会(日墨協会)の初日でした。千年に一度という自然災害、加えて放射性物質が拡散、という日本の深刻な危機を前に、遠いメキシコで私はいったい何をしているのか。繰り返しの悲惨な報道、追い討ちをかける様な寒波の中で被災者はどんなに辛いだろう。通信不能のまま、情報を待つだけの数日、第二次大戦を生き延び85歳になる私の母が気掛かりで、言い難い焦燥感が募りました。アートで、今何ができるのだろうか。自分への問い掛けが続きました。
同日、青葉会は被災者への募金活動を開始し、会員連絡網での情報発信、臨時集…