小嶋 茂

(こじま・しげる)

新潟県三条市出身。上智大学卒。ブラジル国パラナ連邦大学歴史科修士課程修了後、東京学芸大学などの講師を経て、JICA横浜海外移住資料館設立に関わる。早稲田大学移民・エスニック文化研究所招聘研究員。移民史、移民研究。主な著作に「日系コミュニティの将来とマツリ」(山本岩夫他編『南北アメリカの日系文化』人文書院、2007年)、「日本人移民の歴史から在日日系人を考える-ブラジル移住百周年と日系の諸相」(『アジア遊学』117、勉誠出版、2008年)、「海外移住と移民・邦人・日系人」(駒井洋監修『東アジアのディアスポラ』明石書店、2011年)がある。

(2016年6月 更新)

migration ja

移民と移住者

移民と移住者の違いは何か。そして現在ではあまり聞き慣れない言葉だが、移住人や移住民、移民者という言葉も使われていた。これらの言葉の違いは何か。

結論から述べれば、これらはすべて同じ対象を指し、使われた時代が異なるだけである。しかし時代の変遷とともにその意味が変化した。さらには、移住という現象の始まりや状況変化に深く関わっている。これらの言葉がいつ頃使われたのかを確認しつつ、その背景を見てみよう。

歴史的に見ると、これらの言葉が出現する順番は、移民・移住者・移住人・移住民・移民者となる。しかし当初は、ほとんど区別されずに混在して使われていたように見受けられる。移民という言葉は、「米国へ移民三百人」というタイトルで慶応4 ...

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日系人とは誰のこと?

「日系人」とは誰のことか。この問いに対する回答は簡単ではない。現在における定義は「永住を目的として海外に渡った日本人移住者、およびその子孫」である。しかし、その過去の定義を調べて見ると、時代とともに大きく変化している。さらに当事者の意識の問題がある。決められた定義とは別に、この言葉を使う側の人により、それぞれ異なる意味が込められることがある。そうなると話が噛み合わない。多くの一世つまり移住者は、自分は日本人で、現地で生まれた二世以降が日系人であると考える人がたいへん多い。言い換えれば、日系人に自分自身を含めていない場合が多い。その一方で、日系人がどれくらいいるかと尋ねられれば、一世を含めて数えることが多く、その時点で話は矛盾してくる。

そもそも日系人と言う言葉はいつ頃から使われるようになったのか ...

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移民研究との出会い

移民研究との出会いには本当に感謝している。そのきっかけは二つあったと思う。一つは大学でのすばらしい講義、そしてブラジルでの生活体験である。

1978年、上智大学ポルトガル語学科に入学すると、ポルトガル語やブラジルについて学んだほか、その頃上智にいらした加藤周一、金田一春彦、鶴見和子という先生方の講義に接する機会を得た。日本文化の特徴や日本語の面白さ、そして比較研究の奥深さに、目を開かれる貴重な体験だった。

とくに鶴見和子先生には、大教室での講義のほかゼミでも薫陶を受け、いろいろなことを学ばせていただいた。大教室で講義をなさる際も、黙って途中退席しようとする女子学生を容赦なく注意された。試験では自分で書き留めたノートならば持ち込み可とし、コピーや他人からの借用物は不可とされた。

鶴見ゼミには社会人や他大学学生も自由に参加して、たいへん活気があった。自宅にゼミ生をお招き下さり、自ら台所に立ちご尊父のお話をされることもあった。比較社会学の講義では ...

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ブラジル、パラナ民族芸能祭にみる文化の伝承 ―日系コミュニティの将来とマツリ、そしてニッケイ・アイデンティティ― その2

>> その1

5.「ばあさんたちの踊り」とフォークダンス ― 日欧の対比

筆者が初めてパラナ民族芸能祭を見物したのは1980年代始めだったが、その際に一種のショックを覚えた。そして当時は誰もが同じ感想を抱いたことと思う。なぜならば、日系以外のヨーロッパ系グループではどのグループにおいても子どもたちがたくさん参加しており、若い男女が各々の民族衣装をまとってフォークダンスを華麗に、そして時にはアクロバティックな演技を披露しながら様々な演目をきびきびと踊っていた。これに対し日系グループでは、中年とお年寄りの女性たちが日本舞踊や音頭を、優雅ではあるが、ゆっくりとしたテンポで踊っていたのである。その年齢構成、男女比、そして動きの緩急における対比は誰の目にも明らかで、強い印象を残さずにはいられなかった。日系人のあいででさえ、「ばあさんたちが毎年同じ踊りを踊っている」という酷評が囁かれていた。

なぜこのような顕著な対比が生まれたかを考えてみると、第一に ...

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ブラジル、パラナ民族芸能祭にみる文化の伝承 ―日系コミュニティの将来とマツリ、そしてニッケイ・アイデンティティ― その1

1.海外日系社会におけるマツリ

現在、海外の日系社会において行われ比較的歴史の古いマツリは、大きく二つの型に分類できる。屋外の広場や通りを中心として行われる広場型と、劇場や会館のステージなどで行われる劇場型である。

広場型はかつて日本人町が栄えていた地域を中心とした場所で行われるものがほとんどである。広場での太鼓のパフォーマンスや、通りで行進しながら音頭や踊りを披露するイベントが中心になっている。場合によっては、屋内での生け花や書道などの作品展示、ダンスや劇の舞台公演などが含まれることもある。こうしたマツリが始められたきっかけはさまざまだが、現在においてはどこでも、日系コミュニティの中心であった日本人町の「心の故郷」としての活性化を、その大きな目的として行われている。言い換えれば、日本人町がどこも衰退の道を辿り、あるいは消滅し、それに対するコミュニティあげての対応策の一環として営まれている側面を読みとることができる。この型には、戦前の1932年から始められたロサンゼルスの二世週祭 ...

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