パラグアイ神原育英会

(Paraguay Kambara Ikueikai)

日本のツネイシグループより、パラグアイ日系社会の後継者と次世代リーダの育成、日系社会とパラグアイ社会の共存共栄、ひいてはパラグアイと日本の交流親善を図るために神原基金の提供を受けて2007年に設立された。運営はパラグアイ日本人会連合会、パラグアイ日系農協中央会、ツネイシグループ、他に広範囲の日系社会から選出され運営委員会が行っている。

これまで日本語教育機関の運営、日本語教師の勉強会、日本語学校生徒のための各種行事と、生徒のブラジル日系社会との交流、日系大学生や予備校生への奨学金、日系リーダの各種研修参加などのプロジェクトに助成を行っている。

(2010年12月 更新)

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「神原基金」と「神原育英会」の成り立ちと今後

2007年、パラグアイで神原基金と神原育英会が設立した。今後、パラグアイと日本をつなぐ架け橋になるだろうと、パラグアイの日系コミュニティの中で大きな話題となった。当初からこの基金・育英会の設立に力を注いでいたのは、2009年10月に5年余の任期を終え、パラグアイに帰国された前パラグアイ共和国駐日大使田岡功氏であった。その田岡氏より、その成立経緯について話を聞いた。

はじめに

神原汽船とパラグアイとのつながりは、1956年ラパス地区に広島県の沼隈町開拓団5家族が入植したのが始まりです。当時の神原汽船社長・神原秀夫氏は1955年、39歳で沼隈町初代町長に当選し、戦後日本の苦しい中で「世界と日本の将来は、南米にあり」と、ラパスに第2の沼隈町を作ろうと神原汽船がスポンサーにもなって移住者を送り出しました。

その後、想像を絶した原始林開拓の困難と、世界的な造船危機もあり ...

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