ジョン・ニシオ

(John Nishio)

ジョン・ニシオ はパサデナ市で生まれ育ちました。彼は寿司職人になる前に、40年近く陶芸に関する事業を営んでいました。引退後、彼は広大な日本庭園の手入れや、The Grateful Crane Ensemble (鶴の恩返しの会)のために広東式飲茶料理の調理などで忙しく過ごしています。彼と彼の妻は2011年の福島の震災と津波の生存者に贈る資金集めを行う同会を主宰しています。この会では、東日本大震災の被災地復興のため資金集めをしており、ニシオ氏はそのイベントにおいて広東料理を調理しています。

ニシオ夫妻は毎年家族のために餅つきを行なっています。二人は家族や日系人の歴史の記録に熱心で、語り部のような存在です。「家族の絆を深め、私たち家族の歴史を次世代へと語り継ぐことを夫婦のミッションにしています」

(2017年2月 更新)

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2017年日系人お正月ストーリー —その2

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日系人のホリデーストーリー
: ジョン・ニシオ

これは第104回「ニシオ・餅つき」のストーリーである。

火曜日の夜、毎年恒例の「ニシオ一族とその友人による餅つき会」を開催した。

米国で第一回目の餅つき会が行われたのは1912年で、私の祖父とその兄弟の夫妻たちによるものだった。

祖父たちはこの「餅つき」を、時の浮き沈みに関わらず続けてきた。戦時中、強制収容時にあっても行った。2004年に私がこの餅つき会を引き受けるようになるまでは、ニシオ農場や、叔父や叔母の家、または我が家でと場所をかえて行ってきた ...

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