室橋 美佐

(むろはし・みさ)

北米報知編集長。2000年上智大学経済学部卒業後、国際マーケティング職を経て2005年からシアトル在住。2児の子育て専念期間も経て、2016年にワシントン大学都市計画修士を取得し、2017年から現職。シアトルの都市問題やアジア系移民コミュニティーの問題を中心に執筆。

(2018年3月 更新)

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インタビュー:めぐみ保育園園長・鈴木芳美さん

相手の気持ちを思いやったり、年長者を敬ったりという、日本的な常識やマナーが当たり前のこととして身に付くような幼児教育の場を作りたい。

— 鈴木芳美

おじいちゃまおばあちゃまたちに迎えられたシアトル移住

「英語も話せないままシアトルへ来た14歳の私を、日系1世のおじいちゃまおばあちゃまたちが迎え入れてくれたんです」と話すのは、めぐみ保育園園長の鈴木芳美さん。素敵な笑顔でテキパキとインタビューに応える姿からは、大らかな優しさがにじみ出る。

芳美さんは、父親が高校教員を辞めてシアトル日本人バプテスト教会の牧師に就いたことをきっかけに、中学生で母や姉と共に、父に付いてシアトルへ移住した。同教会は1899年に日系1世によって創設され、芳美さんがシアトルに来たばかりの80年代当時は日系1世の年長者たちが教会コミュニティーの中心にいたという。「日本以上に日本的な社会がアメリカにあることに驚きました。おはぎを作ってもらったり、舞踊を教えてもらったり、本当に良くしていただきました」

高校時代には教会近くの高齢者向けアパート、川部メモリアル・ハウスで配膳のアルバイトをし、そこでも日系1世の住人たちと親交を深めた ...

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酒と日本とアメリカと ~月桂冠の歴史を辿って~

正月になると三が日は『まねき』と日光楼では酒肴をととのえ、無料サービスをした。誰彼の区別なくやってくる客に馳走する。わざわざ日本からとり寄せた目の下一尺以上の大鯛を塩焼きにしてテーブルにでんと飾る。故国の味のオセチ料理や支那料理など山海の珍味がずらっとならぶ。それは異国を忘れさせる光景だった。女中さん達にチップを切って三味に「おけさ節」や流行歌をのせる。『日本』が生きている、うき立った料亭の初春だった。

(伊藤一男『北米百年桜』、829ページより)

シアトル日本町の1920年代の活況が目に浮かぶ回想録だ。故郷を遠く離れて重労働に耐えていた日系一世にとって、正月の酒は格別な味だったろう。日本酒のアメリカ輸出は、日本人のアメリカ移民の歴史と共に始まった。『北米時事 ...

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シアトル「日本町」を知る -戦中・戦後編-

戦前編 >>

シアトルのマイノリティ文化を象徴する場として

シアトル・ダウンタウン南に位置するインターナショナル・ディストリクト。その一角に残る日本町。戦前の最盛期には8,500人程の日系移民がそこに暮らし、ビジネスを営んでいた。しかし、太平洋戦争開戦後の大統領令により、すべての日系住民は強制収容所へ送還された。戦前の日本町を紹介した前回に続き、ここでは戦中から戦後、そして現在に至るまでの日本町の変貌を追う。


日系人強制収容と、残された日本町

2015年12月、ワシントンDCで行われた米国帰化移民らの会合で、オバマ前大統領は「日系移民を強制収容所に監禁したのは米国の最も暗い歴史の一つだ」と挨拶した。75年前の同月、フランクリン ...

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シアトル「日本町」を知る -戦前編-

祭り、銭湯、歌舞伎、「小さな日本」がそこにはあった

シアトル・ダウンタウン南に位置するインターナショナル・ディストリクト。その一角に残る日本町。戦前の最盛期には8500人程の日系移民がそこに暮らし、ビジネスを営んでいた。シアトル日系移民のはじまり、最盛期の華やかなる時代の姿、そして現在に残る面影を、北米報知社インターン生がたどる。


1880年代にさかのぼる日系移民の歴史

シアトルにはかつて、北米最大規模の日本町があったことを知っているだろうか。1930年には約8500人の日系人が住み、ロサンゼルスに次ぐ規模であったという。インターナショナル・ディストリクト周辺、特にジャクソン・ストリートとメイン・ストリートを中心に日本人経営の商店が集まり ...

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クイーンアン・ヒルのプリーサント墓地で日系人無縁仏を法要

クイーンアン・ヒルにあるプリーサント墓地に、日系移民初期の無縁仏が眠っている。昨年12月24日、カリフォルニア州ベイエリアから二人の真言宗僧侶が同墓地を訪れて、法要を行った。山田洋一郎在シアトル総領事や寿司シェフの加柴司郎さんなど10名ほどの関係者が参列した。

「日本から海を渡り、このアメリカの地で一生を終えた日系人の方々の無縁仏が全米各地にあることを知り、なぜか使命感を感じたんです」と語るのは、観栄(かんえい)の法名で無縁仏を供養して巡る江尻えみさん。シリコンバレーにあるオラクル本社でアジアパシフィック全域のコーポレート・マーケティングを統括する江尻さんは、無縁仏の供養をしたいと7年前に高野山真言宗の寺院で得度をし、そこから修行を積んで僧侶になった。今回の法要に一緒に訪れた三上香楽さんらと共に、弘法大師空海の思想をシリコンバレーのビジネスマンへ伝える英明大学の運営も行う。

江尻さんと三上さんをプリーサント墓地に招いたのは、在シアトル造園家で、昨年に同紙でも紹介したフレンズ・オブ・セコガーデン代表を務める小林竑一さんだ ...

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