松崎 慧

(まつざき・めぐみ)

早稲田大学国際教養学部3年。ワシントン大学で1年間の留学中に、ソイソースと北米報知3カ月間のインターンを行う。シアトル在住経験のある父親の影響で、シアトルの日系移民の歴史に興味を持つ。

(2017年5月 更新)

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シアトル「日本町」を知る -戦中・戦後編-

戦前編 >>

シアトルのマイノリティ文化を象徴する場として

シアトル・ダウンタウン南に位置するインターナショナル・ディストリクト。その一角に残る日本町。戦前の最盛期には8,500人程の日系移民がそこに暮らし、ビジネスを営んでいた。しかし、太平洋戦争開戦後の大統領令により、すべての日系住民は強制収容所へ送還された。戦前の日本町を紹介した前回に続き、ここでは戦中から戦後、そして現在に至るまでの日本町の変貌を追う。


日系人強制収容と、残された日本町

2015年12月、ワシントンDCで行われた米国帰化移民らの会合で、オバマ前大統領は「日系移民を強制収容所に監禁したのは米国の最も暗い歴史の一つだ」と挨拶した。75年前の同月、フランクリン ...

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シアトル「日本町」を知る -戦前編-

祭り、銭湯、歌舞伎、「小さな日本」がそこにはあった

シアトル・ダウンタウン南に位置するインターナショナル・ディストリクト。その一角に残る日本町。戦前の最盛期には8500人程の日系移民がそこに暮らし、ビジネスを営んでいた。シアトル日系移民のはじまり、最盛期の華やかなる時代の姿、そして現在に残る面影を、北米報知社インターン生がたどる。


1880年代にさかのぼる日系移民の歴史

シアトルにはかつて、北米最大規模の日本町があったことを知っているだろうか。1930年には約8500人の日系人が住み、ロサンゼルスに次ぐ規模であったという。インターナショナル・ディストリクト周辺、特にジャクソン・ストリートとメイン・ストリートを中心に日本人経営の商店が集まり ...

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