マルタ・マレンコ

(Marta Marenco)

マルタ・マレンコ氏は、1945年に7人兄姉の末っ子として父タツゾウと母エステルのもとに生まれた。父を9歳の時にんなくした。母は、イタリアのジェノバ出身の子孫。アルゼンチンの北部で育ち、後に職を求めてブエノスアイレスに転住し、それぞれがブエノスアイレスで家族を築いた。夫はアルゼンチン人の獣医で、すばらしい二人の息子はメキシコに住んでいる。現在リタイヤして年金生活者の人生をエンジョイしている。

(2015年9月 更新)

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イエス・キリストと仏陀

私は兄弟姉妹の多い大家族の末っ子だったので、生まれたとき両親に孫がいてもおかしくない状態でした。人生経験が豊富で、とても穏やかな両親に育てられたことは、私にとってプラスでした。兄や姉たちとはかなり年が離れていたので、わたしにとって彼らは親のような存在でした。私は多くの大人に囲まれ、みんなに忍耐強く見守られて成長しました。それに、1950年代頃、当時の中年は今よりかなり年老いていたと思います。その時代は生活も質素で、シンプルなものが多く、服装も地味なものが多かったのです。女性は、40代には子育てを終え、社会的な活動に参加することもあまりありませんでした。私は姉たちのような生き方をしたくありませんでした。映画女優のように賢く、常に何か発言したいと思っていました。今私は年老いてしまいましたが、今でも何かを常に伝えることは大事だと思っています。

私は幼いときから読書が大好きで、これは文学作品の愛読者だった両親の影響からきたものです ...

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ニッケイ物語#4: ニッケイ・ファミリー: 記憶、伝統、家族観

父の冒険

父タツゾウ・トミヒサ(Tatsuzo Tomohisa)は、毎日午後になると家の前の歩道に出て入り口に座るのが日課でした。静かに道路を眺めていると、近所の子供たちが待ち構えていたかのように寄ってくるのでした。子供が好きだった父はみんなを嬉しそうに笑顔で迎え、いろいろな話を語り聞かせました。父の話を楽しみにしていた子供たちは飽きることなく夢中になってそれを聞いていました。

父の故郷はとても遠く、私たちはあの広い海(太平洋)をどのように渡ったのか興味津々でした。私たちがそのことを聞くと、父は記憶にあるいろいろな秘話を、感情を込めていっぱい話してくれました。

私たちは静かに、父の記憶から溢れ出すことを待ちました。その逸話は、ときには笑いを誘い、ときには悲しみに打ち沈み、ときには驚きから恐怖に追い込みました。こうした話を聞く度に ...

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El tazón del arroz

A los diez años, el mundo giraba dentro de mi hogar…

Siempre imaginé que todo lo que acontecía en mi vida, era lo que ocurría en todas las casas del planeta. Estaba convencida de que la gente reía en iguales ocasiones, le agradaba la misma música, se entristecía en similares circunstancias y hasta consumía alimentos idénticos a los que había en nuestra mesa…

Aún considerando lo singular de mi hogar, vivíamos en un pueblo de Argentina, mi papá era un japonés budista y mi madre una occidental cat ...

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