林 ジェオバーナ あより
(Geovana Ayori Hayashi)
1995年、ブラジルパラナ州マリンガに生まれる。1歳半の時に日本に渡り、以来大学卒業まで日本で育つ。2018年4月から、ポルトガル語を学ぶため、祖母の住むリオグランデドスール州イボチに住んでいる。
(2019年4月 更新)
この執筆者によるストーリー
日系三世として生まれた私の決意 — その2
2019年6月4日 • 林 ジェオバーナ あより
その1を読む >> 日本で苦労して私を育ててくれた両親 しかし、父も母も想像できないほど苦労をしてきて、私と姉の二人を言葉があまり分からない国で立派に育ててくれました。母は自分がブラジル人であることを隠しませんでした。彼女は日本人でも嫌がる学校のPTAの役員を小学校、中学校と引き受けやり遂げました。 私の母は決まっていつも保護者会の場で、「私はブラジル人だ。読み書きはそんなにできないけど、手伝えることがあれば何でもやる」と言っていました。だから私の母を知るお母さんたち…
日系三世として生まれた私の決意 - その1
2019年6月3日 • 林 ジェオバーナ あより
私がブラジルに来る決意をしたのは、大学4年生の就職活動をしていた時でした。就職活動をする前までは、私は教員を目指していました。 しかし、4年生の5月に実際に教育実習に行って、教員という仕事がいかに難しく、大変なものであるかを実際に体験し、今の自分には向いていないものだと感じ、その道を志すことをやめました。 それから焦るように就職活動が始まりました。どこに行くのにも黒のスーツと鞄と靴を身にまとい、女性はみんな一つ結びの黒髪で、決まったテンプレートを面接で話して、あの時の自…