深沢 正雪

(ふかさわ・まさゆき)

1965年11月22日、静岡県沼津市生まれ。92年にブラジル初渡航し、邦字紙パウリスタ新聞で研修記者。95年にいったん帰国し、群馬県大泉町でブラジル人と共に工場労働を体験、その知見をまとめたものが99年の潮ノンフィクション賞を受賞、『パラレル・ワールド』(潮出版)として出版。99年から再渡伯。01年からニッケイ新聞に勤務、04年から編集長。

(2009年1月 更新)

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16世紀に南米へ来た日本人奴隷とユダヤ教徒 - その2

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亜国日本人青年の所有者も新キリスト教徒

振り返って、コラム子の連載《日本人奴隷の謎を追って》で主題にした、1596年にアルゼンチンで奴隷売買された日本人青年の所有者も「新キリスト教徒」だった可能性が高い。

この件を最初に詳しく書いたアルゼンチン移民の大城徹三氏は著書『コルドバ』で、「さてフランシスコ・ハポンという日本青年は、当時日本との貿易が頻繁に行われていた南蛮人(ポルトガル人)によって連れられてきたことが濃厚に示されている。また正式なスペインの航路を通らず、ブエノス・アイレス港に入ってきたと推測できる。ということはスペイン国法に照らし、奴隷に処せられる条件になかった」(15頁)と書いている。

大城氏が ...

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16世紀に南米へ来た日本人奴隷とユダヤ教徒 - その1

BBCブラジルにセンセーショナルな記事が踊った。

いわく《400年前にポルトガル人によって世界に売られた日本人奴隷の歴史》(9月12日付、アナ・パウラ・ラモス記者)というポルトガル語の記事だ。東京外国語大学のルシオ・デ・ソウザ特任准教授と東京大学史料編纂所の岡美穂子准教授に取材したもの。

冒頭には《1585年、誘拐された8歳の日本人少年は、ポルトガル人商人ルイ・ペレスに奴隷として売られた。豊後国(現在の大分県大分市周辺)で生まれたこの少年は、ペレスが最初に手に入れた5人のアジア系奴隷の一人で、「ガスパル・フェルナンデス」として知られた》とある。

さらに ...

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ブラジル水泳界の英雄・岡本哲夫:日伯交流から生まれた奇跡

第6回 移民の子が国家的な貢献

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岡本の快挙を祝って地元マリリアでは1952年9月28日に「河童祭り」と称する祝勝会が開かれ、牛3頭を焼いて1千人を招く盛大なシュラスコ会が開催された。それを報じた『パウリスタ新聞』1952年10月2日付によれば、父専太郎が「泳ぎ始めはわしの観海流(日本古来の遠泳法の一つ)を仕込んだもので…」などと始終、上機嫌だったという。

映画『競泳選手』には、1960年のローマ五輪の100メートル自由形で銅を取ったマヌエル・ドス・サントスの貴重な証言もある。

《とにかく哲夫は我々のアイドルだった。彼の真似をすることこそ、僕らが必死にしたこと。日本人らしい勤勉さなど、彼は全てにおいて僕らの模範だった ...

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ブラジル水泳界の英雄・岡本哲夫:日伯交流から生まれた奇跡

第5回 トビウオが変えた岡本の運命

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岡本の業績と人柄をまとめたドキュメンタリー映画『O nadador – A história de Tetsuo Okamoto』(以下『競泳選手』と略、2014年、26分、ポ語、ロドリゴ・グロッタ監督)で、姉の鈴枝さんは弟の性格を《とにかく控えめで、あまり社交的ではなかった。勉強よりも、ひたすらスポーツに打ち込んでいた》という ...

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ブラジル水泳界の英雄・岡本哲夫:日伯交流から生まれた奇跡

第4回 反ヴァルガス主義的なスポーツ振興策

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戦前からの意外な繋がり

調べてみると、確かにパジーリャは戦前からスポーツ局の仕事をしていた。ヴァルガス独裁政権からサンパウロ州執政官(1938~41年)に任命されたアデマール・バーロスからの信任が厚く、パジーリャはサンパウロ市アグア・ブランカ区のベイビ・バリオニ体育複合施設、イビラプエラ体育複合施設コンスタンチノ・ヴァス・ギマランエスなどの建設を開始していた。

前者は今も全伯相撲大会の会場として使われ、後者には「南米の講道館」と言われる大柔道場がある。日系スポーツとも縁の深い施設を作っていた。

ESPNサイトの「五輪のB面」特集2015年3月24日電子版によれば、体育教師などスポーツを職業とする専門家の待遇を保証する州条例を、パジーリャは作った ...

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