深沢 正雪

(ふかさわ・まさゆき)

1965年11月22日、静岡県沼津市生まれ。92年にブラジル初渡航し、邦字紙パウリスタ新聞で研修記者。95年にいったん帰国し、群馬県大泉町でブラジル人と共に工場労働を体験、その知見をまとめたものが99年の潮ノンフィクション賞を受賞、『パラレル・ワールド』(潮出版)として出版。99年から再渡伯。01年からニッケイ新聞に勤務、04年から編集長。

(2009年1月 更新)

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特別座談会: 四世ビザはどうあるべきか?=日伯交流の将来担う人材育成の枠組みとして=

第5回 四世ビザに日本語4級という要件は必要か?

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【深沢】ところでパトリシアさんは三世?

【島野】はい。日本生まれの四世はたくさんいるんですよね。日本の永住ビザを取得していない在日の四世もたくさんいる。まずは、そういう日本国内にすでにいる人材をもっと大切にして、支援した方が良いと思います。

【深沢】日本生まれの四世が、二十歳過ぎて親の扶養を離れたらどうなるんですか?

【永井】そのまま延長が出来るんです。

【深沢】日本にいる限りは延長ができる?

【永井】就労も出来ますよ。

【深沢】日本にい続けるかぎりは―。

【永井】更新も、再入国許可をもらって一時帰国することも出来る。たしか再入国許可は最大5年ですかね ...

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第4回 人材育成システムとしての四世ビザ

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派遣会社は悪者?

【深沢】その経験を土台にして、日本のデカセギ問題やビザの在り方に関して、もっとこうした方がいいとか提言みたいな話はありますか。

【島野】提言と言うよりも、批判ですね。

【深沢】いいですね(笑)、大いに結構ですよ。

【島野】四世ビザの主旨っていうのが何なのか、よくわからない。法務省のサイトを見てても、ワーキングホリデーから取り入れたものとか、労働不足の対策とかいろいろ言われているけど、制度の主旨はなんなのかっていう点をもっと明確にしてほしい。

【深沢】「日伯の懸け橋的人材を育てる」みたいなことを謳っていますよね。

【島野】いやいやいや ...

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第3回 元デカセギ子弟、島野パトリシアさん ー ブラジルへ帰国

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リーマンショック後にブラジルへ 

【深沢】ブラジルに戻ってきたのは、どういうタイミングだったの?

【島野】2009年、つまりリーマンショックの後ですね。

【深沢】日本に行ったのが10歳で、95年。日本には15年間くらいいて、25歳で帰ってきたわけだ。結構日本で働いてたんですね。

【島野】はい、2003年4月から2009年9月までですね。

【永井】3M以外も何かやっていたんですか?

【島野】はい、3M以外にも派遣会社でまた1年ちょっと。そのあと自動車販売、まあ中古自動車販売会社の事務員として1年働いたあと、今後は名古屋国際センターで ...

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第2回 元デカセギ子弟、島野パトリシアさん - 高校進学と母の急死

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素晴らしい先生との出会いで道が開けた

【深沢】高校も日本で行ったんですか。

【島野】はい。英語の先生のおかげで行けたんです。岡崎市内で初めて公立高校に入った外国人が私なんです。


高校2年で母が急死

【深沢】高校までぜひ行きたいって、すごい望んで進学したわけですか。

【島野】英語の先生から「パトリシアはどうなの。進路は考えてるの?」って聞かれて、「勉強したいです」って言ったら、一生懸命サポートしてくれたんですよね。

【深沢】いい先生に巡り合えてよかったですね。両親はずっと工場で働いて残業残業みたいな感じでいたの?

【島野】母とだけ行ってるんですよ ...

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第1回 元デカセギ子弟、島野パトリシアさん ー 10歳で母と共に日本へ

四世ビザが成功して五世、六世まで訪日就労しながら日本文化を学べるようになるならば、この査証制度は日系社会の将来を左右する大事な制度ではないか――そんな問題認識に基づいて、元デカセギ子弟で帰伯後にブラジルで弁護士になった島野パトリシアさん、デカセギ対応の最前線にいる国外就労者情報援護センター(CIATE)の専務理事・永井康之さんを迎えて、ニッケイ新聞の深沢正雪編集長と座談会を行った。

デカセギ子弟から弁護士が生まれる時代となり、今後の日本就労の枠組みをもっと真剣に考えることで、次世代を担う人材が生まれる可能性が出てきた。下地幹郎衆院議員が2度目の四世ビザ制度説明会を開催し、今後の筋道がより明らかになった今だからこそ問う、訪日就労のビザ制度はどうあるべきか――。(※この座談会は2018年6月に実施され、その後の事情の変化を反映するために加筆訂正したもの。)

島野パトリシア
1985年パラナ州マリンガ市生まれ。10歳の時に訪日し、日本で公立高校を卒業。2009年にブラジル帰国後、法学部に通い、2014年在学中に司法試験に合格 ...

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