リンダ・クーパー

(Linda Cooper)

コミュニケーション・コンサルタント兼フリーランス・ライター。広報、米国上院議員担当報道官、ジャーナリストとして30年以上の経験を持つ。ミシシッピ女子大学でジャーナリズムと政治学を専攻し、文学士を取得。テネシー在住。親友のブレンダは医療研究機関に勤める公認看護師で、家族の近くで暮らしている。


(2017年9月 更新)

 

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ニッケイ物語#6 — いただきます 2!新・ニッケイ食文化を味わう

フライドチキンと太巻き

ドキュメンタリー映画 『Fall Down Seven Times, Get Up Eight: The Japanese War Brides』(訳注:第二次大戦後米兵と結婚し米国に渡った日本人女性とその娘たちを描いたドキュメンタリー映画)の中で、ヒロコ・トルバートさんは、「私は完全にアメリカ人」と言います。それに対し娘のキャサリンさんはこう返します。「自分がどんなにアメリカ人らしいかお母さんが言うなんて妙ね。毎朝味噌汁を作っているじゃない」。ヒロコさんがクスクス笑いながら、「食べ物はまた別の話」と言うと ...

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ニッケイ物語#5 — ニッケイ語:家族、コミュニティ、文化の言葉

ようこそ、みなさん

30年前、とてもうれしいことに、私がハパとして継承している二つの文化を紹介するイベントが二つ開かれました。私は、日本人の母と陸軍の職業軍人だった南部紳士の父の娘です。二人は第二次世界大戦後の日本で出会い、結婚しました。

父が軍にいた間、私は両親と一緒に世界中を回り、父の退役後はテネシー州メンフィス郊外の小さな町で育ちました。

1986年のメンフィス・イン・メイ・インターナショナル・フェスティバルでは、大バーベキュー大会や音楽演奏に加えて、日本にちなんだ催しが行われました。また、同じ年の夏にワシントンDCのナショナル・モールで開催されたスミソニアン協会のフェスティバル・オブ・アメリカン・フォークライフでは、テネシーと日本、両方の伝統と文化がたたえられました ...

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ニッケイ物語#2 — ニッケイ+ ~混ざり合う言語、伝統、世代、人種の物語~

文化の狭間で

親友のブレンダは、私たちや両親が失われつつある世代であることに最近気が付きました。私たちには、それぞれ米国軍人の父と日本人の母がいます。第二次世界大戦直後の服務期間中、父は日本を愛し、さらに母とも恋に落ち、米国に連れ帰りました。私の両親とブレンダのお父さんは亡くなりましたが、彼女のお母さんは健在で、現在80歳になります。

私とブレンダは一人っ子で、友達同士というよりは姉妹のような関係です。父たちがテネシー州とミシシッピ州の田舎で生まれ育った生粋の南部人であるため、私たちは日本人と南部人のハーフと言えます。日本人である一方で、南部出身でもあるので、言語や食べ物、音楽を中心にそれぞれの文化的な影響を受けてきました。私たちが頻繁に“y’all”と言ったり、鼻にかかった声でしゃべったりする、というのは固定観念から来るものではなく ...

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