ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/author/amagai-mikiko/

天海 幹子

(あまがい・みきこ)

@mamagaii

東京都出身。2001年から2005年まで北米報知でジェネラルマネージャー兼編集長を務める。北米報知100周年記念号発刊。「静かな戦士たち」、「太平洋(うみ)を渡って」などの連載を執筆。シアトルの二世退役軍人のインタビューが、最も心に残っているという。昨年11月、44年のシアトル生活を終え、現在は東京在住。

(2021年1月 更新)


この執筆者によるストーリー

静かな戦士たち
ジョージ(ガンジロー)・モリヒロさん

2021年3月10日 • 天海 幹子

「戦争にね、あの時の僕は興奮させられたなぁ」と、危険とも取られる発言をするのはジョージ・モリヒロさん。「でもね、誤解しないで下さいよ。僕は17才だったから。ライフルを持って国のために戦うことにわくわくしていた。周りにいくらドイツ兵が倒れてたって、自分たちは決して死なないと思っていた」。それが銃弾がヘルメットの右端をかすって軽い負傷をした時、「死ぬ事もあるかもしれないって思いました」。 モリヒロさんはタコマ市近くのファイフに生まれる。農業に適している肥沃な土地だったが、広島…

静かな戦士たち
エディー(英義)・堀川さん

2021年2月24日 • 天海 幹子

「大戦後のヨーロッパで子供たちが食べ物をせびりに来るんですよ。なべを持ってね。白人の兵士たちは(子供たちを)邪険に扱ったり、目の前でわざと残り物をゴミ箱に捨てたりしていたけれど、僕たち二世兵士は1人1人に少しづつ分けてあげました。アメリカの収容所にいる(日系の)子供たちだと思ってね」と堀川(エディー)英義さんは語る。 入隊前パインデールの仮収容所で200人の子供たちにアートを教えていた堀川さんは、戦争が子供たちに及ぼす影響を目の当たりに見ている。「子供たちが悪さをする…

静かな戦士たち
ロバート(ボブ)・佐藤さん

2021年2月10日 • 天海 幹子

「戦争で何したのって子供たちに聞かれても、戦争では兵隊をしていたと答えるしかない」と語るのはロバート佐藤さん。第2次世界大戦では442連隊の上級曹長を勤めた。多くの二世と同じ様に、何があったかは話すが、自身のこととなるとどう感じたかは語らない。 佐藤さんはタコマ市の南、ファイフで生まれた。戦争が始まると農業を営んでいた家族と共にピュアラップのキャンプ・ハーモニー(仮収容所)からミネドカ1収容所に移る。兄は志願して一足先に、MIS(軍事情報部員)としてミネソタ州キャンプ…

静かな戦士たち
リチャード・内藤さん

2021年1月26日 • 天海 幹子

1942年2月、日本軍が真珠湾を攻撃した2ヶ月後、故ルーズベルト大統領の発令9066のもと、シアトル市近辺の11万人の日本人、日系人が収容所に送られた。その3分の2はアメリカ生まれの二世達。彼らの生き様は2つに分かれた。「アメリカに忠誠を誓いますか」の問いに「NO」と答えた「No No Boys」と、志願兵「442部隊(日系人のみで編成された部隊)」。高齢になりようやく閉ざしていた口を開いた二世の戦士達。戦争を、体を張って通り抜けて来た彼らだからこそ平和を願う気持ちは大きい…

この執筆者が寄稿したシリーズ
ニッケイのストーリーを募集しています! 世界に広がるニッケイ人のストーリーを集めたこのジャーナルへ、コラムやエッセイ、フィクション、詩など投稿してください。 詳細はこちら
サイトのリニューアル ディスカバー・ニッケイウェブサイトがリニューアルされます。近日公開予定の新しい機能などリニューアルに関する最新情報をご覧ください。 詳細はこちら