ディスカバー・ニッケイ

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塀一つ隔てた2つの家庭
まったく!言い過ぎだわ。ビラだって警戒していないのに、とKさんは思った。でも「見ておきます」としぶしぶ言った。 大根のにおいをガス漏れと間違えられて、悲しかったし、恥ずかしかった。エラはよく塀の向…

セリア・サクライ • 2013年11月11日



結婚式
先日、友人の長男の結婚式に招かれた。カソリック教会での華麗な披露宴で立派な、気持ちのいい雰囲気であった。 この友人とは、仕事を通して知り合い、今でも一緒に仕事をしている。実はこの友人、私の家族と古…

宮村 秀光 • 2013年10月29日


第十四話 ジョージに何があったのか
僕は20数年ぶりに故郷に戻った。ちょうど出張で近くの町に滞在することになったので、多忙だったが、寄ることにした。 町は、以前、聞いていたよりすっかり変わっていて、びっくりしたし、又、残念な気もした。…

ラウラ・ホンダ=ハセガワ • 2013年10月21日


キムチとカブとニンニク
東北レシーフェに用事ができたので飛行機の便を予約した。サンパウロへ帰る前、ブラジリアに寄る事にした。そこには昔からの知り合いがいるので、サンパウロから何か珍しいものをおみやげに持って行くことにした。…

宮村 秀光 • 2013年10月14日


風前の灯火
私は今年5月23日で、ブラジル日本文化協会「文協」の3代目事務局長に就任して10年になる。2006年12月からは「ブラジル日本文化福祉協会」と名称変更になったが、その件については、後日に回す。 5…

中島 エドアルド剛 • 2013年10月7日


第十三話 塩辛&ポン・デ・ケイジョ
日系三世のリンダが日本に来たのは2007年の冬だった。今でも思い出に残っているのは親戚の温かい歓迎だった。 一人っ子のリンダは幼い頃にお父さんを亡くし、そのあと、最愛のお母さんも亡くしてしまい、独り…

ラウラ・ホンダ=ハセガワ • 2013年9月16日


お風呂と味噌汁
私は子供の頃、よく白人に「Ei! Japones」と呼ばれた。こう呼ばれると、何となく白人から「見下され」、「別物扱い」されている様に感じた。 実際、この呼び方は、日系人を蔑む形でよく使われていた…

宮村 秀光 • 2013年9月9日


第十二話(後編) 居場所のない子どもたち
あとわずかでブラジルに戻るサヤカは帰国の準備を始めた。家族へのお土産はまだ揃っていなかったが、それよりも気になることがあった。 それは、真夏の日に公園で出会った小さな女の子と、初めて耳にした「日本の…

ラウラ・ホンダ=ハセガワ • 2013年8月21日


法要とお墓参り
ブラジルの主な日本人家庭では、身内の誰かが亡くなると、先祖代々信仰してきた宗教に応じて葬儀を行う。仏教徒の場合、初七日、四十九日、一回忌、三回忌、七回忌、十三回忌と法事を行う事が普通である。西本願寺…

宮村 秀光 • 2013年8月7日


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