ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2021/5/31/8606/

第2部:「海外移住」の持論

アルゼンチン香川県人会の集まり(1970年頃)、平井ヒロさんとの再会(2019年9月)

今雪先生は、現場で目にし、聞いた課題を冷静に分析し、「海外移住」の持論と心構えを記しているので、その幾つかを紹介したい。

  • ブラジルやパラグアイ奥地の教育問題は深刻で、小学生の落第や中退者が多い。しかし、のんびりした半日学級制度や教員の副業容認は、日本の詰め込み暗記授業よりも良い。

  • 戦前の大規模植民地の日本語学校は、日本の学校とぼぼ同じで厳しい教育と規律を維持していたので、日本語力はかなり高かった。卒業生の中には日本で高等教育を受けた者もいる。しかし、学校の閉鎖性と排他性はもっと改善しなくてはならない1

  • 日本語教育に力を入れすぎて。ポルトガル語が正確に身につかず、日本語なまりでごっちゃ混ぜになっており、大学をはじめとする上級学校への進学や就職に不利となる。幼少期になるべく、ブラジル人と交わり正確な発音を身につけ、家族全員で子供のポルトガル語学習に努めることをすすめる。

  • 日系二世は、社会的に日系ブラジル人であって、本来のブラジル人の素質も持っている。はじめは多少不利だったかも知れないが、日本人は勤勉で、正直で、誠実で、勇敢でどんなところへも行き、適応能力があるので、アマゾンの奥地でも健全に暮すことができている。教養もそれなりにあり、進歩的なので、あらゆる分野に挑戦し、新産業を起こしたものもいる。ブラジル人やヨーロッパ人がやり得なかったことを実現し、ブラジル等にとっては実に有難い移民である。ただ、移民法案をみてもわかるように、すべてのブラジル人学者や政治家が親日家ではなく、国粋主義者及び白人優越主義者もいる。二世がブラジル人として、その有能さを、ブラジル国の発展に尽くすべきである。

  • 日系人がさらなる社会的地位向上を目指すのなら、政治力を強化するため政界に乗り出すことは重要である。日系有権者の多くが棄権し、複数の日系候補者が票を奪い合っているので、せっかくの当選が遠のいてしまい残念である。

  • 南米移住は、各自決断すべきである。関心がある人は、熱帯地域の雨や風土病を覚悟で、一度トライしてみるとよい。移住の良さは人それぞれで、家族構成や性格によって適する移住地と適さない移住地があるので、どこが良いとは言えない。

  • 移住者への過剰な助成金や貸付金はあまり望ましくない。融資は焦げ付くリスクが高く、移住者の覚悟を弱めてしまうこともある。一攫千金を夢見て移住しても、そう簡単に実現できる国は南米にはない。

また、南米に移住した日本人の存在をこのように述べている。

「明治末期から開戦までの30数年間に、日本政府が移民の渡航補助に使った資金は3千万円で今日(当時)の金に換算すると10億円になる。それに対し南米からの訪日移民団が日本へ落としていく金が年に10億円で、移民対象の輸出高が35億円である。また母国送金もかなりの金額で、日本に多大の利益をもたらしていることは確実である」。

今の時代でも十分に通じる移住先での社会統合のイロハである。当時は今よりもっと限られた選択しかなく、移住者としての覚悟と忍耐は厳しいものだったに違いない。退職して62歳でこの視察旅行を行った今雪先生にとって、香川県から送り出した教え子と移住地での再会はとても感慨深いものであったことは、「南アメリカを旅して2」から垣間見ることができる。

各地に、教え子や世話をした花嫁、先輩移住者やその子孫がおり、どの土地でもとても暖かく迎えられ、常に別れがとても辛かったと述べている。今雪氏がブエノスアイレスを訪れた際、14人の教え子の内9人が、毎日一晩ずつ先生を家に招き、かれらの家族とともに過ごしたという。教え子たちは、先生から香川で教わったものは、農業だけではなく、人生設計や生活にもたくさん役立ったと証言している。

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注釈:

1.戦後のパラグアイやボリビアの日本人移住地における日本語学校は、私塾としてはじまったが、次第に体制が整備され、地元当局の認可を得て正規の教育制度に組み込まれるようになった。今では日系人・非日系人を問わず誰もが通える私立学校になっている。

2.今雪氏が記録した「南米移住地視察記」からいくつか抜粋し、金子知事と共著したのが「南米アメリカを旅して」(香川県広報文書課発行、1957年)である。

 

© 2021 Alberto Masumoto

このシリーズについて

香川県の海外移民の父として知られる今雪真一氏は、香川県立農林学校の教諭で、教え子はじめ多くの県民を戦前から戦後にかけ海外へ送った。南米へ移住した古い世代の香川県民で今雪氏のことを知らない人はいないというほど、香川移民への影響は大きい。1954年には約一年にわたり南米4か国を視察し、移住した899家族から話を聞いて回った。この時の経験から、1961年には自らもブラジルへ移住を決意し、そこで生涯を終えた。このシリーズでは、今雪氏の南米訪問や海外移住に対する考えなどを3回に分けて紹介する。

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執筆者について

アルゼンチン日系二世。1990年、国費留学生として来日。横浜国大で法律の修士号取得。97年に渉外法務翻訳を専門にする会社を設立。横浜や東京地裁・家裁の元法廷通訳員、NHKの放送通訳でもある。JICA日系研修員のオリエンテーション講師(日本人の移民史、日本の教育制度を担当)。静岡県立大学でスペイン語講師、獨協大学法学部で「ラ米経済社会と法」の講師。外国人相談員の多文化共生講座等の講師。「所得税」と「在留資格と帰化」に対する本をスペイン語で出版。日本語では「アルゼンチンを知るための54章」(明石書店)、「30日で話せるスペイン語会話」(ナツメ社)等を出版。2017年10月JICA理事長による「国際協力感謝賞」を受賞。2018年は、外務省中南米局のラ米日系社会実相調査の分析報告書作成を担当した。http://www.ideamatsu.com 


(2020年4月 更新)

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