ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2019/06/10/

第三十一話 ユウジは偉い!

ユウジと僕は幼なじみ。小さい頃からずっと一緒で、家も近かった。学校帰りに2人で道草を食い、家に帰ってよく叱られたもんだ。

小学校は一緒だったが、中学生になると僕は私立校へ通うことになった。日本へ出稼ぎに行っていた父の仕送りのおかげで生活は安定し、僕と妹は私立校へ通い、母はパートの仕事をしなくてもよくなった。

学校は違っても、週末には、必ず、ユウジと一緒にサッカーをしたり、流行っていたゲームをやったり、アニメを見たりした。

しかし、それも束の間だった。ある日、学校から帰ると、ユウジは部屋の中で倒れているお父さんを見つけた。お母さんは、まだ仕事先で、2人の兄も夜学に通っていたので帰りは遅く、誰も家にはいなかった。

ユウジは、すぐに近所のパン屋に助けを求め、お父さんは病院に運ばれたが、間に合わなかった。お父さんは51才の若さでこの世を去った。末っ子のユウジにとっては、とても大きなショックだった。

週末、僕はユウジの家を何回か訪ねたけど、ユウジはいつも留守だった。朝は八百屋でアルバイト、昼からはスーパーで、お客さんが買った品物をレジ袋に入れるのを手伝った。ユウジの生活は大変だと僕は思った。

中学校を卒業すると、僕は、そのまま私立高校へ進学。それが当たり前だと思っていた。父が日本で稼いでくれ、家族が楽な生活を出来ることが。

ユウジも高校へ進んだが、仕事をするために夜学へ行くしかなかった。僕はそれを知ったとき、彼のために何かしたかった。話によると、夜学の勉強は「ゆるい」という評判だった。でも、ユウジは、薬局で働きながら頑張って勉強を続けた。

高3になると、受験勉強のため、ユウジとはめったに会えなくなった。僕は第一希望のサンパウロ総合大学には入れなかったが、パラナ州立大学へ入学して、サンパウロを離れた。

ユウジは夜間高校を卒業後、それまでに自ら働いてためたお金で塾へ行き、大学進学を目指した。翌年には、サンパウロの私立大学へ入学した。僕は大学へ通いながら、親のすねを齧ってのんびりと過ごしていた。そのうち、地元の女性と知り合い、結婚して、すぐに子供が産まれた。そのため、大学を中退して働き始めた。

ちょうど同じ頃、ユウジは仕事を失い、大学を休学して日本へ働きに行くことに決めた。

それを知り、僕も日本へ行こうと思った。ユウジは応援してくれて、日本語の教科書を送ってくれ、いろいろな情報をくれたが、家族に猛反対された。「絶対にひとりでは行かせないから。私を連れて行っても、言葉も分からないし、ひとりで子供の面倒は見れないわ。私は、一緒に行くつもりはないわよ」。

結局僕は、日本へは行かなかったが、ユウジは日本で本当に頑張った。偉い!尊敬するよ!

最初の2年間は、日本語の勉強を続けながら、群馬県伊勢崎市の工場で働き、地域の少年サッカーチームのコーチを務めた。

群馬の後は、2年間沖縄で働いた。子供の頃から海が好きだったユウジは、お父さんが亡くなってから、そのようなレジャーの余裕は無くなっていた。せっかく日本へ来たのだから、海のそばで暮らしたいと、美しい石垣島のホテルで働くことにした。その頃のフェイスブックにアップされたユウジの写真は、どれも沖縄の太陽や海より輝いて見えた!ユウジはすごいと僕は思った。知らない土地でいろいろな経験をしながら、自信をつけて前に進んでいる。

そして今、ユウジはオーストラリアのシドニーで働きながら英語を勉強している。夢はブラジルに戻って、お母さんに家を建てて、働きながらもう一度大学で勉強することなのだ。

ユウジなら、きっと夢を叶えると思う。ユウジは偉いから!

 

© 2019 Laura Honda-Hasegawa

ブラジル フィクション 出稼ぎ 在日日系人 外国人労働者 日本
このシリーズについて

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。

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執筆者について

1947年サンパウロ生まれ。2009年まで教育の分野に携わる。以後、執筆活動に専念。エッセイ、短編小説、小説などを日系人の視点から描く。

子どものころ、母親が話してくれた日本の童話、中学生のころ読んだ「少女クラブ」、小津監督の数々の映画を見て、日本文化への憧れを育んだ。

(2023年5月 更新)

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