ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2018/1/24/chancay-nikko/

チャンカイ・ニッコウ:記憶を取り戻すためのドキュメンタリー 

日系ペルー社会の歴史にはいろいろな出来事があるが、中にはあまり知られずに今に至るものもある。リマ北部の農場に移住した日本人たちもその一つだ。彼らがどのように定着し、また彼らが創設した日本語学校の果たした役割を知ることで、当時の時代背景、風土や事情などを理解できるかもしれない。

リマ北部にあったペルーでもっとも古い日本語学校「チャンカイ・ニッコウ(Chancay Nikko)」は、2017年に2度ほど取り上げられた。一つは、リマのペルー日系人協会内にあるペルー日本人移住史料館「カルロス・千代照平岡」で5月に行われた展示会で、移住者やチャンカイ・ニッコウ校の写真や様々な品が展示された。二つ目は、日本からの助成金を受けたオニギリ・プロダクションが制作したドキュメンタリーである。

今年、ペルー日本人移住史料館「カルロス・千代照平岡」で「チャンカイ・ニッコウ校」に関する企画写真展示会が行われた。(写真:ペルー日本人移住史料館)

オニギリ・プロダクションのプロデューサーであるヘラルド比嘉氏は、「(チャンカイ・ニッコウのドキュメンタリーは)沖縄の親善大使でもあるルベン・菅野さんのアイデアでした。彼とは以前、4人の沖縄舞踊の先生の物語と功績をテーマにした『踊り:ペルーの110年の歴史と伝統(1906年ー2016年)』というドキュメンタリーを一緒につくりました」と話してくれた。彼は、これまでも日系人に関する作品をデジタルテレビチャンネル向けに制作してきた。

47分にも及ぶ沖縄舞踊ドキュメンタリーには、日本語の字幕がついており、公益財団法人沖縄県国際交流・人材育成財団の支援によって製作した。今回のドキュメンタリーもこの財団のサポートによって日本語字幕付きで製作することができた。ルベンは、このチャンカイ・ニッコウ校について、「その学校は、ウアラル(Huaral)県の私が毎日通っていた所にあり、家でこの学校に関するものがたくさん入っている箱を見つけました。が、私はその学校の存在さえまったく知らなかったのです」と話している。

そうしたことからこの製作事業の案が浮かび、数少ない元卒業生の記憶等によってチャンカイ・ニッコウ校の歴史を復元・取り戻すことにしたのである。


就学時の思い出

チャンカイ・ニッコウ校の歴史はとても特徴的である。富士山に似たマカトン山近くに、1924年4月20日に日本人移住者によって創設された。大地主のエスキベル家の農場内にあり、公立の学校ではなく完全に私立校で、「我が家には、(日本の)国旗、日本語の教科書、黒板、そして僕が使っていた机がありました」とルベンは当時のことを振り返る。菅野一家もこの農場内に住んでいたのである。農場の主のアマドル・デルソラル・カルデナスは、ペルーの内務大臣、国家警察の長官、そして上院議長という役職に就いた著名な名士だった。

オニギリ・プロダクションのドキュメンタリ制作のために入手した写真。(写真:オニギリ・プロダクション)

アマドル・デルソラル氏は、現在の文化大臣サルバルドル・デルソラルの高祖父で、当時外交官として日本にも駐在したことがある。その時に何人かの日本人を自分の農場に連れてきたのである。そのため、チャンカイ・ニッコウ校の庭には、日本人移住者が感謝の意を込めてたてた同氏の銅像がある。ルベンの祖父はこの学校の役員の一人で、80年代末の夏に、ビーチへ遠足へ行ったことだけは覚えているという。

この学校には、合計180人が在籍したという記録がある。当時としては他にはない発電設備や飲み水の井戸、そして映画試写室まであった。今では、その土台しか残っていないが、日本から呼び寄せていた先生の家もあったという。皆の記憶に残っているのが、ギンジュ・イゲイ先生やヨウホ・アダニヤ先生である。広い敷地は、綿花農場や油脂や石鹸の工場もあったが、今ではあまり大きくない普通の農牧場になっている。

写真展示会に来た現在80歳になったエンリケ・シゲル・チネン知念氏は、「チャンカイ・ニッコウ校は、自分にとって素晴らしい思い出のある学校です。午前も午後も授業がありました。土曜は午前10時から12時でしたが、それはみんなで掃除をするためでした。学校の裏には敷地があり、そこにはクラスごとの菜園コーナーがあり、様々な野菜を栽培しました」とそのときのことを話してくれた。


証言の記録と収録

制作プロデューサーのヘラルド比嘉氏は、「このドミュメンタリーは、もう存在しない学校のことだったので、前回のよりとても大変でした」と語ってくれた。証言をした人たちはほぼすべてが80歳以上で、彼らの記憶に頼ることは困難を極めたようである。しかし、最も重要なのは、その元生徒たちがそこで日本語を勉強したことをとても誇りに思い、ウアラルで初めて野球をしたメンバーでもあったということである。

卒業生がこのドキュメンタリーでよく話すのが、当時ペルー日系社会で行われていた全国日本語学校野球大会でリマ・ニッコウ校が、勝ったときのエピソードである。しかし、チャンカイ・ニッコウ校の最後の生徒は、1941年からの第二次世界大戦によってペルーと日本が交戦状態になったため、残念ながら卒業することができなかった。そうした状況のなか、多くの教材や備品などが歴史に埋もれてしまい破棄されてしまったのだ。

ただ、「当時戦争によって学校が閉鎖されたのか、それとも農場主もしくは管理人の判断で閉校になったのかは、未だに確認することができません」とヘラルドさんは語っている。当時の写真や記録などによってこの学校の歴史が復元された。幸いにも学校の状況や横浜からペルーに到着した船などの映像フィルムがみつかったので、これらをデジタル化してドキュメンタリーに使用することができたのである。そこには「子供たちが、ピアノオルガンの生演奏でラジオ体操をしている様子や、たくさんの観衆が応援している野球の試合のもあります」とヘラルドさんはコメントしている。また、学校を取り壊しの日にルベンの祖母は大きな箱の存在に気づき、取り出した。そこには35ミリのコダック映写機や野球バット、トミ子菅野さんの小学校1年の修了証書(1938年)などがあった。それらはすべて史料館で展示された。

沖縄の親善大使兼プロデューサーのルベン菅野氏の数々の品の発見によって、内容の良いドキュメンタリーができた。(写真:オニギリ・プロダクション)


記憶を取りもどすこと 

ペルーには、LUM(ルム)という「記憶、寛容と社会的インクルージョン広場」がある。ここは1980年代から2000年までの内戦による犯罪行為等について考えるところだ。しかし第二次世界大戦中、ペルーの日系社会が戦争によって大きな打撃と迫害を受けたことはあまり知られていない。そのような時代があり、実際に起こったことを知ることは、先輩生き証人から話を聞くことが何よりも重要なことであろう。

中には、あの時代のことを思い出したくなく、なにも話さない人もいる。思い出すことが辛いようだ。もしくは、世間体を気にしているのかも知れない。「基本的に、控えめな方々ばかりです。特に一世は、多くの功績があっても、スポーツや何らかの事業でトップであっても、こちらから聞かなければ自分からは何も言わないのです」とヘラルドさんは言う。今回のドキュメンタリー製作では多くの人から証言を得たが、そのためにリマ以外にも足を運び、貴重な話を聞いた。また、多くの資料は戦前の難しい日本語か沖縄語(ウチナーグチ)になっていたため、理解することがとても困難だったという。

グスタボ・バレダ藤本氏と一緒に撮影や映像編集をしたヘラルド比嘉さんは、「我々は、次世代のためにこの学校の歴史を掘り起こし、その存在を知ってもらいたかったのです。もう四世代目になると、多分こうした史実があったさえ知らないと思います」と話す。この30分にわたるこのドキュメンタリーは、2018年2月頃に、ペルー沖縄県人会で上映する予定である。その後、他の日系団体や日本でも観てもらいたいと、その意気込みを話している。ヘラルドさんは、「どこから来たのかを知ることはとても重要なことです。我々はこうした作品によってもっと多くの人がルーツに関心を持ってもらいたいのです」と付け加えた。

このドキュメンタリーを製作したグスタボ・バレダ藤本氏とヘラルド比嘉氏。(写真:オニギリ・プロダクション)

 

© 2017 Javier Garcóa Wong-Kit

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執筆者について

ハビエル・ガルシア・ウォング=キットは、ジャーナリスト兼大学教授で、雑誌『Otros Tiempos』のディレクターを務めている。著書として『Tentaciones narrativas』(Redactum, 2014年)と『De mis cuarenta』(ebook, 2021年)があり、ペルー日系人協会の機関誌『KAIKAN』にも寄稿している。

(2022年4月 更新)

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