ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2017/9/8/year-of-meats/

第14回 『イヤー・オブ・ミート』

アメリカで日系人というマイノリティーでいることは、小説家にとって創作上の大きなモチベーションであり、作品のテーマにもしばしばマイノリティーとしてのアイデンティティーが取り上げられるようだ。

日系二世の女性作家、ルース・オゼキ(Ruth L. Ozeki)のデビュー作『My Year of Meats』(1998年)の主人公は、日系人のテレビ・ディレクターの女性、ジェーン・リトル・タカギ。日本人の主婦アキコをはじめ多くの日本人が登場し物語は展開し、アメリカ社会を象徴するような肉食産業の暗部を抉り出し、テレビ・広告といったメディアの行き過ぎた商業主義を批判する。 

この小説は、日本では『イヤー・オブ・ミート』として1999年に佐竹史子の翻訳でアーティストハウスから出版されている。573ページに及ぶ長編だ。

オゼキは、1956年コネチカット州で、アメリカ人の父と日本人の母のもとに生まれる。スミス・カレッジに学び英文学とアジア研究で学位を取得し、日本の文部省の奨学金を得て来日し、日本の古典文学を学ぶ。帰国後はテレビ番組の制作を経て、ドキュメンタリー作品をてがけ高い評価を得ている。

2013年に出版された第三作『A Tale for the Time Being』は、日本で『あるときの物語(上下)』(田中文訳)として早川書房より出版された。物語は、カナダの島に暮らす女性作家が、日本から流れ着いた弁当箱のなかから、東京の女子中学生の書いた日記を発見し、彼女がいじめに遭い自殺をほのめかしていることなどを知る。その日記を通して時間を超えた壮大な物語が見えてくるというもの。日米の二人の女性のかかわりの中で描かれる世界は、処女作と似ている。 

『イヤー・オブ・ミート』では、ジェーンは、日本向けにアメリカの牛肉をPRするためのドキュメンタリー番組の制作でアメリカ全土を駆け回る。「マイ・アメリカン・ワイフ」と題したこの番組では、さまざまなアメリカ人家庭で、いかに肉料理を楽しんでいるかを日本の家庭に見せるのがねらいだった。

企画を担当する日本の広告代理店の責任者ウエノは、とにかくアメリカらしい明るくハッピーな姿という、ステレオタイプの番組を期待する。しかし、制作を請け負ったジェーンは、その意図の嘘臭さを感じ、もっとアメリカ社会を伝えるドキュメンタリーとして価値あるものを作ろうとする。

ドキュメンタリー作家としての意気込みもあったが、取材を進めるなかで、肉牛の生育段階でホルモン剤を使用するといった、人体へ悪影響を及ぼす方法がとられていることを知ったからでもあった。また、ジェーン自身が母親の胎内にいるときに、母親が摂取したホルモン剤の影響を受けていたこともあった。

こうした問題意識のもとで、ジェーンが制作のため取材するのは、あるときは同性愛者のカップルだったり、たくさんの養子を抱えている家庭だったり、黒人だったりし、そこに登場する料理もチキンや臓物やラムといった、本来スポンサー側が宣伝したい「牛肉」からはずれていく。このあたりはなんとなくコミカルでもある。

番組としては日本の視聴者からは好評を得るのだが、日本のウエノはジェーンの意図に怒り、修正を迫る。この商業主義のいやらしさを象徴するようなウエノの妻がアキコで、子供が欲しいウエノは、アキコが妊娠を拒否しているのではないかと責め、妻に暴力をふるう。

従順な主婦として描かれるアキコだが、やがてジェーンの作る番組を見ているうちに共感し、最後は番組のなかに登場するアメリカ女性の生き方にあこがれ大胆な行動に出る。こうしてアキコとジェーンはウエノと番組を介して接近していく。

ジェーンのドキュメンタリー作家としての自立、アキコの女性としての自立が、食肉産業の暗部を告発していくノンフィクションのような展開のなかで描かれていくあたりは、スリリングで引き込まれる。

ただ、ウエノとアキコをはじめ日本人の描き方が、不自然に感じてしまう。そもそもアメリカ人読者を対象にしているという点もあるのだろうが、ジェイ・ルービンの『日々の光』ほどではないにしろ、物語のための脚色・設定という不自然さは否めない。

たとえば、不妊治療のため病院を訪れたアキコに対して、問題は体ではなく精神的なものだと言うために、担当の日本人医師が「あなたみたいなひねくれた奥さんは、わたしの手には余りますね」という。90年代でこういう言い方をするだろうか。

ウエノが、黒人のことを露骨に汚い言葉を使って表現するところや、ジェーンに対してのかなり乱暴な言葉遣いも不自然だ。アキコとの言葉のやりとりも同様である。

訳者はあとがきのなかで、アメリカではジョーイチ(ウエノ)のキャラクターに深みがないという声があったようで、これに対してオゼキが訳者に対して、「ジョーイチの描き方には訳出のさいにとくに注意をしてもらいたい、との注文があった」と書いている。

(敬称略)

 

© 2017 Ryusuke Kawai

ルース・オゼキ 世代 二世 イヤー・オブ・ミート(書籍)
このシリーズについて

日系アメリカ人による小説をはじめ、日系アメリカ社会を捉えた作品、あるいは日本人による日系アメリカを舞台にした作品など、日本とアメリカを交差する文学作品を読み、日系の歴史を振り返りながらその魅力や意義を探る。

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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